東赤石山の登山ガイド 愛媛の夏を彩る蛇紋岩植物とオトメシャジン

当ページのリンクには広告が含まれています。

東赤石山は、愛媛県東部の法皇山脈にそびえる標高1710メートルの山です。夏の登山シーズンには、蛇紋岩という特殊な岩石が広がる一帯に、オトメシャジンをはじめとする貴重な高山植物が次々と花を咲かせます。日本二百名山、花の百名山、四国百名山という3つの選定に名を連ねるこの山は、荒々しい岩峰の景観と、他の山では出会えない植物相を同時に楽しめる点で、四国の登山者から特別な位置づけを与えられてきました。この記事では、東赤石山の地質的な背景から蛇紋岩植物の生態、登山ルートやアクセス方法、夏山ならではの注意点まで、実際に計画を立てる際に役立つ情報をまとめます。

目次

東赤石山は標高1710メートル、法皇山脈の最高峰

東赤石山は、愛媛県四国中央市と新居浜市の境界に位置し、法皇山脈(赤石山系)の最高峰にあたります。標高は1710メートルとされますが、資料によっては1706メートルと記載されることもあり、測量の基準や時期によって数値に幅が出ている点は知っておいて損はないでしょう。

同じ山系には、西赤石山(標高1626メートル)、物住頭、八巻山といったピークが連なり、稜線をたどる縦走コースも人気を集めています。特に西赤石山方面は、かつて別子銅山の採掘が行われた歴史を持つエリアで、産業遺産の面影が随所に残っています。東赤石山が日本二百名山、花の百名山、四国百名山という3つの選定に選ばれている理由の多くは、特異な地質と豊富な高山植物に由来しています。

山名の由来は酸化鉄による赤茶けた岩肌

東赤石山という名前は、山肌を構成する岩石が赤茶色を帯びていることに由来します。この赤みの正体は、岩石中の鉄分が酸化して赤褐色に変化したものです。山頂周辺には、この赤茶けたかんらん岩がむき出しになった岩峰が連なり、遠目にも独特の荒々しい景観を作り出しています。

かんらん岩と蛇紋岩が作る地質学的に貴重なフィールド

地質学的に見ると、東赤石山は三波川変成帯に属し、超塩基性岩(かんらん岩や蛇紋岩など、ケイ酸分が少なくマグネシウムや鉄分に富む岩石)が広く分布しています。この一帯は「東赤石山かんらん岩体」と呼ばれ、学術的な価値が高い場所として知られてきました。かんらん岩は、地下深部のマントルを構成する岩石が地殻変動によって地表近くまで持ち上げられたもので、通常の登山道ではなかなか出会えない岩石です。このかんらん岩が地下水や熱水の作用を受けて変質すると、蛇紋岩に変化します。東赤石山では、山腹から山頂にかけてこの蛇紋岩地帯が広がっており、これが後述する特殊な植物相を育む土台になっています。

赤石山系の北側斜面は「いらずの岩体」と呼ばれ、ガーネットを含む角閃岩や、エクロジャイトと呼ばれる高圧変成岩が見られます。エクロジャイトは地下深部の非常に高い圧力の下でしか生成されない特殊な岩石で、学術的重要性の高さから、この岩石名を冠した国際学会が存在するほどです。東赤石山側にはマントル物質に由来するかんらん岩体が広がり、風化したかんらん岩から生じたクロム鉄鉱や蛇紋岩も見られます。マントル由来のかんらん岩体と、地下深部の高圧環境で生まれた変成岩体という、性格の異なる2種類の貴重な岩石が隣り合って観察できるのは、東赤石山ならではの魅力といえるでしょう。登山道を歩きながら岩石の色や質感の違いに注目してみるのもおすすめです。

石鎚山や剣山とは異なり地質と植物に個性がある山

四国には日本百名山に選ばれた山が2座あり、愛媛県の石鎚山(標高1982メートル、四国および西日本最高峰)と、徳島県の剣山(標高1955メートル)がそれぞれ知られています。石鎚山は修験道の霊山として知られ、名物の鎖場では高度感のある岩場歩きを楽しめる中級者向けの山です。剣山は登山リフトを利用でき、比較的登りやすい山として親しまれています。

これに対して東赤石山は、日本百名山ではなく日本二百名山に選ばれている山ですが、石鎚山や剣山とはまた異なる魅力を持っています。石鎚山や剣山が信仰の山、展望の山としての性格を強く持つのに対し、東赤石山は特異な地質と、そこに根ざした蛇紋岩植物という、他の四国の名山にはない個性を前面に出した山だといえます。石鎚山や剣山を登り終えた登山者が、次のステップとして東赤石山の岩と花を目指すケースも少なくないようです。

蛇紋岩植物はマグネシウム過多の厳しい土壌に適応した植物群

「蛇紋岩植物」という言葉は一般にはあまり馴染みがないかもしれませんが、植物生態学の分野では古くから注目されてきたテーマです。蛇紋岩は、その化学的・物理的な特性ゆえに、通常の土壌とは大きく異なる環境を作り出します。

具体的には、蛇紋岩からはマグネシウムイオンが溶け出しやすく、このマグネシウムイオンが植物の根からの水分吸収を妨げる働きを持ちます。また、蛇紋岩土壌はニッケルなどの重金属イオンの含有率が高く、多くの一般的な植物にとっては生育しにくい、いわば厳しい土壌になっています。カルシウムに対してマグネシウムの比率が極端に高いことも、植物の生育を阻害する要因のひとつとされています。このような過酷な条件下では、他の地域から侵入してくる植物が定着しにくいため、結果として蛇紋岩地に適応した一部の植物だけが生き残り、独自の植生を形成することになります。このようにして蛇紋岩地帯に成立した特異な植物群を、蛇紋岩植物と呼びます。

蛇紋岩植物には残存植物と変形植物の2タイプがある

蛇紋岩植物は、大きく2つのタイプに分類されることがあります。ひとつは、氷期など過去の寒冷な時代に広く分布していた植物が、温暖化とともに他の場所では姿を消し、蛇紋岩地帯という特殊な環境にのみ生き残った蛇紋岩残存植物です。もうひとつは、通常の植物が蛇紋岩という厳しい環境に適応する過程で、独自の変異を遂げた蛇紋岩変形植物です。

日本国内では、北海道の夕張岳やアポイ岳、岩手県の早池峰山、群馬県の至仏山などが蛇紋岩植物の宝庫として広く知られています。それぞれの山には、その土地だけに見られる固有種が存在し、夕張岳のユウバリソウやエゾノクモマグサ、アポイ岳のアポイカンバやヒダカソウなどが代表例として挙げられます。東赤石山もまた、これらの名だたる蛇紋岩植物の名山に並ぶ、四国を代表する蛇紋岩植生地のひとつです。

東赤石山の夏を彩るオトメシャジンは愛媛県固有の変種

東赤石山は、四国の中でも屈指の高山植物の宝庫とされ、その種類の豊富さは他の山を圧倒するといわれています。特に夏場、7月から9月にかけては、蛇紋岩地帯を中心に多彩な花々が咲き乱れます。

まず筆頭に挙げられるのが、オトメシャジンです。これは赤石山系の蛇紋岩地にのみ自生する、愛媛県の固有変種とされるキキョウ科の植物で、7月から9月にかけて可憐な釣鐘状の花を咲かせます。東赤石山を象徴する蛇紋岩植物であり、この花を目当てに訪れる登山者や植物愛好家も多いようです。

オトメシャジン以外にも夏はキレンゲショウマやタカネマツムシソウが咲く

このほかにも、以下のような植物が東赤石山では観察できます。キレンゲショウマは、沢沿いや水場周辺の湿った環境を好む黄色い花で、夏の登山道を彩る花のひとつとして記録されています。ヒメザゼンソウも同様に、開花の記録が残る植物です。ゴゼンタチバナは、白い花と赤い実のコントラストが美しい高山植物で、初夏から夏にかけて見られます。キバナノコマノツメは黄色いスミレの仲間で、岩場や礫地を好みます。タカネバラは、その名の通り高山に生えるバラ科の植物で、鮮やかなピンク色の花を咲かせます。さらに、タカネマツムシソウ、シコクギボウシ、コウスユキソウ、ナンゴククガイソウ、シモツケソウといった花々も東赤石山の稜線や岩場を飾ります。これらの中には四国の他の山域では見られない、あるいは非常に稀少な種も含まれており、東赤石山が花の百名山に選ばれている理由がよく分かります。

これらの花の見頃は種類によって異なりますが、おおむね梅雨明け後の7月から8月にかけてがピークとされています。特にオトメシャジンは7月から9月と開花期間が比較的長く、夏の登山シーズンを通して楽しめる点も魅力です。花の状態は年によって、また気候によって変動するため、訪問前には最新の登山記録や現地の花だより情報を確認することをおすすめします。

植物名見頃の目安特徴
オトメシャジンキキョウ科7月から9月赤石山系の蛇紋岩地固有、愛媛県の固有変種
キレンゲショウマアジサイ科沢沿いや水場周辺の湿地を好む黄色い花
ゴゼンタチバナミズキ科初夏から夏白い花と赤い実のコントラスト
キバナノコマノツメスミレ科岩場や礫地を好む黄色いスミレ
タカネバラバラ科鮮やかなピンク色の花

登山口は筏津と瀬場の2つ、駐車場は5台から6台程度

東赤石山への登山口は複数ありますが、代表的なものとして筏津(いかだつ)登山口と瀬場(せば)登山口が挙げられます。筏津登山口には駐車スペースが用意されており、トイレや登山ポストも設置されています。駐車可能台数は5台から6台程度とそれほど多くないため、休日やハイシーズンには早めの到着を心がけたいところです。瀬場登山口は、筏津登山口から県道47号線を東へ500メートルほど進んだ、県道6号線との合流地点(T字路)の脇にあります。

マイカーは三島川之江ICか新居浜IC、公共交通はせとうちバス

マイカーでのアクセスの場合、松山自動車道の三島川之江インターチェンジから国道11号、国道319号を経由し、金砂湖を通って県道6号線で筏津へ向かうルートがあります。もうひとつのルートとしては、新居浜インターチェンジから国道11号、県道47号線を経由し、大永山トンネルを抜けて筏津に至る道筋があります。いずれのルートも山間部を走るため、時間に余裕をもって計画したいところです。

公共交通機関を利用する場合は、JR予讃線の新居浜駅からせとうちバスに乗り、マイントピア別子バス停まで約20分です。バスは1日5便から6便程度の運行となっています。マイントピア別子から先は自由乗降区間となっており、登山口付近まで利用できる場合があります。バスの本数が限られるため、事前に時刻表を確認し、下山時刻から逆算した計画を立てることが望ましいでしょう。

標準コースは往復5時間40分、周回だと6時間46分

東赤石山への代表的なルートは、筏津登山口から瀬場谷を詰めて赤石山荘を経由し、山頂を目指すコースです。このコースの標準的な歩行時間は5時間40分程度、歩行距離はおよそ10キロメートル、累積標高差は1100メートルを超えるとされ、決して手軽な散策コースではなく、しっかりとした体力と経験が求められる中級から上級者向けのコースになっています。

筏津登山口から周回する形で東赤石山を目指すコースでは、標準コースタイムが6時間46分に達するという記録もあります。往復コースの場合と周回コースの場合とでコースタイムが異なるため、事前にルート図をよく確認し、自分の体力や経験に合ったコースを選択することが重要です。

登山道の途中には、瀬場谷沿いに複数の沢があり、木橋や渡渉箇所を何度か越える必要があります。中には高度感のある橋も含まれるため、慎重な足運びが求められます。沢沿いは夏場でも涼やかな風が吹き抜け、暑さをしのぐ貴重な休憩ポイントにもなります。水場も点在しており、夏場でも水量が豊富で涸れることは少ないとされていますが、念のため事前に最新の水場情報を確認しておくと安心でしょう。ルート上には赤石山荘があり、ここを目標に登山を進める登山者も多いようです。テント泊や小屋泊を組み合わせて、翌日に周辺のピークを縦走するプランも人気を集めています。

山頂手前の岩場と八巻山方面のザレ場は道迷いに注意

山頂手前は大きな岩がゴロゴロとした急登が続き、足場が不揃いで歩きづらい区間です。特に下山時には転倒や滑落に注意が必要です。八巻山を経由するルートを選ぶ場合、東赤石山から八巻山への稜線の岩場には明確なマークが少なく、背の低い唐松や埋設されたポール、ピンクテープなどの目印を確認しながら慎重に進む必要があります。また、八巻山から前赤石山にかけての稜線には、巻道との合流点付近に紛らわしいザレ場があり、落石が発生しやすい箇所として注意喚起がなされています。これらの岩場コースは、初めて訪れる登山者にとっては道迷いのリスクが比較的高いエリアです。地図やGPSアプリを併用し、視界不良時には無理に岩場ルートへ進まないなど、慎重な判断を心がけたいところです。

夏山最大のリスクは熱中症、早朝出発で日差しのピークを避ける

夏の東赤石山登山でもっとも警戒すべきは熱中症です。近年は例年以上に厳しい暑さとなる夏も多く、標高1700メートル級の山であっても、登山口付近や樹林帯では強い日差しと高い湿度にさらされることになります。

一般的な熱中症対策としては、暑さ指数(WBGT)や天気予報を事前にしっかり確認すること、水分と塩分をこまめに、そして登山の前後を含めて適切に摂取すること、体調不良や寝不足の状態での入山を避けること、帽子や通気性の良い服装によって遮熱・放熱を意識することなどが挙げられます。

日差しがもっとも強くなるのは正午前後とされ、午前10時から午後2時にかけては特に強い日射にさらされやすい時間帯です。そのため、夜明け前や気温が上がりきる前の涼しい時間帯から行動を開始し、日中の炎天下の行動時間をできるだけ短くする計画が効果的とされています。東赤石山のようにコースタイムが長いルートでは、早朝出発によって日中の暑さのピークを避けつつ、余裕を持って下山することが望ましいでしょう。

また、沢沿いのルートでは水の補給がしやすい反面、増水時には渡渉が危険になる場合もあります。夏場は急な雷雨や台風の接近もあり得るため、天気予報だけでなく、当日の空模様や周辺の登山記録もあわせて確認しておくと安全性が高まります。蛇紋岩やかんらん岩でできた岩場は、雨天時や雨上がりには滑りやすくなることがあります。花を目当てに夏場に訪れる登山者は多いものの、天候急変時には無理をせず、引き返す判断も重要です。

服装は吸汗速乾ウェアに防寒着、足首を守るミドルカット以上の登山靴

標高1700メートル級とはいえ、夏の日中は気温が上がりやすいため、吸汗速乾性のある登山用ウェアを基本としつつ、朝晩の冷え込みや稜線上の風に備えて、薄手の防寒着を一枚携行しておくと安心です。日差し対策として、つばの広い帽子やサングラス、日焼け止めは必携といえます。水分は、コースタイムの長さを踏まえて十分な量を用意し、塩分補給用のタブレットや飲料も携行したいところです。

岩場や不整地の歩行が多いコースであるため、足首をしっかりサポートするミドルカットからハイカットの登山靴が適しています。ストックがあれば、渡渉や急な下りでの安定性向上に役立つでしょう。高山植物の観察や撮影を楽しみたい場合は、双眼鏡やマクロ撮影のできるカメラ、あるいはスマートフォン用の接写レンズなどを準備しておくと、オトメシャジンをはじめとする小さな花々をじっくり楽しむことができます。ただし、貴重な蛇紋岩植物の中には希少種、固有種も多く含まれるため、登山道を外れての採取や踏み荒らしは避け、写真に収めるにとどめるマナーを心がけたいものです。

花以外の見どころは赤茶けた岩峰の展望と別子銅山の産業遺産

東赤石山の魅力は高山植物だけにとどまりません。赤茶けたかんらん岩が連なる岩峰の景観は、四国の他の山ではなかなか見られない独特の風景であり、稜線からは瀬戸内海や石鎚山系を望む展望が広がります。また、西赤石山方面へ足を延ばせば、かつての別子銅山にまつわる産業遺産の痕跡も点在しており、地質と鉱山の歴史が結びついた四国ならではの山岳景観を楽しむことができます。マイントピア別子など、麓の観光施設とあわせて訪れるプランも、登山と観光を組み合わせた一日として人気を集めています。

東平地区はかつて5000人が暮らした鉱山町、現在は東洋のマチュピチュと呼ばれる

東赤石山・西赤石山を含む赤石山系一帯は、江戸時代から昭和にかけて日本有数の銅山として栄えた別子銅山の鉱山遺産と深く結びついています。標高750メートル付近に位置する東平(とうなる)地区は、1916年から1930年にかけて別子銅山の採鉱本部が置かれた場所で、最盛期には約5000人もの人々が暮らす鉱山町として賑わったそうです。1968年に採掘が終了した後は無人となりましたが、往時の選鉱場や貯鉱庫といった構造物の遺構が山中に残されており、その荘厳な佇まいから東洋のマチュピチュとも呼ばれ、現在は麓の道の駅マイントピア別子とあわせて観光地として整備されています。

登山とセットでこの東平エリアを訪れれば、単なる山歩きにとどまらない、日本の近代鉱業史に触れる旅ができます。東平登山口から西赤石山方面へ登るルートも用意されており、銅山越を経由して東赤石山側と縦走することも可能です。

西赤石山と組み合わせた一泊二日の縦走は二日目だけで7時間30分

東赤石山と西赤石山を一度に楽しみたい場合は、稜線上にある銅山峰ヒュッテを拠点とした一泊二日の縦走プランが人気を集めています。あるモデルコースでは、初日に日浦登山口からダイヤモンド水、銅山峰を経由して銅山峰ヒュッテに至り、二日目は早朝にヒュッテを出発して西赤石山、石室越を経由し、東赤石山へと至る行程が組まれています。この場合、二日目だけで総コースタイムが7時間30分程度、獲得標高はプラス961メートル、マイナス1424メートルに達するとされ、縦走全体としてはかなりの体力を要する本格的なコースです。

銅山峰ヒュッテは小屋泊のほかテント泊にも対応しており、日帰りでは味わえない、稜線上での朝夕の景色や星空を楽しむことができます。ただし、稜線上部は岩場が連続し、目印となる赤布なども見つけにくく道に迷いやすい箇所があるとされるほか、渡渉に使う橋が老朽化している箇所もあるとの指摘があり、縦走にあたっては経験者との同行や、事前の最新情報の収集が欠かせません。

春の西赤石山はアケボノツツジ、夏の東赤石山は蛇紋岩植物で対をなす

夏の東赤石山が蛇紋岩植物で知られる一方、隣接する西赤石山は、四国屈指のアケボノツツジの名所として知られています。西赤石山の北斜面一帯はアケボノツツジの大群生地となっており、花の季節には斜面全体が淡いピンク色に染まる光景が広がります。見頃は例年4月末から5月中旬にかけてで、銅山越から西赤石山の山頂へ向かう主稜線沿いや、山頂北側にある兜岩(かぶといわ)と呼ばれる小さな岩峰の周辺が特に見応えのあるビューポイントとして知られています。

夏に東赤石山で蛇紋岩植物を楽しんだ登山者が、翌春はアケボノツツジを目当てに西赤石山を再訪する、というように、季節を変えて赤石山系に通うファンも少なくないようです。同じ山系でありながら、初夏はツツジのピンク、夏は蛇紋岩植物の可憐な花々と、季節ごとにまったく異なる表情を見せてくれるのが、この赤石山系の懐の深さといえるでしょう。

苦労して登り詰めた東赤石山の山頂からは、その労力に見合うだけの大展望が待っています。南側には四国山地の山並みが幾重にも重なりながら連なり、北側に目を転じれば、眼下に瀬戸内海に浮かぶ島々を望むことができ、天候に恵まれれば遠く本州まで見渡せることもあるようです。赤石山系の稜線上、隣の西赤石山からは、石鎚山、瓶ヶ森、笹ヶ峰という伊予三名山と称される愛媛を代表する名峰群を一望でき、瀬戸内海や新居浜市街地までのパノラマも抜群とされています。荒々しい岩峰と可憐な高山植物、そして雄大な展望とを一度に味わえる点も、東赤石山の登山が多くの人を惹きつけてやまない理由のひとつでしょう。

希少な固有種を守るため登山道を外れた立ち入りや採取は避ける

東赤石山の蛇紋岩植物の多くは、狭い蛇紋岩地帯にしか生育できない希少種、あるいは愛媛県内でもこの山系にしか見られない固有種です。オトメシャジンをはじめとするこれらの植物は、一度失われれば同じ場所での再生は極めて難しいとされています。登山道を外れての立ち入りや、花の摘み取り、根からの採取などは避け、観察や撮影は登山道の範囲内から行うことが、この貴重な高山植物群を次の世代に残すために欠かせないマナーです。近年は多くの山域で盗掘被害も報告されており、東赤石山を訪れる登山者一人ひとりの意識が、蛇紋岩植物の保全に直結しているといえるでしょう。

四国にはツキノワグマも生息していますが、その個体数は推定16頭から24頭程度と極めて少なく、目撃情報の多くは高知県・徳島県にまたがる剣山系周辺に集中しているとされています。東赤石山を含む赤石山系での目撃情報は剣山系ほど多くはないものの、四国の山である以上、クマとの遭遇の可能性はゼロではありません。念のため、熊鈴を携行して自分の存在を早めに知らせる、複数人での行動を基本とする、早朝や薄暮時の単独行動を避けるといった一般的な対策を講じておくと安心です。

下山後は別子温泉「天空の湯」で汗を流せる

夏の暑い中、汗をかいての登山を終えたあとの楽しみとして欠かせないのが、麓の道の駅マイントピア別子にある別子温泉「天空の湯」です。マイントピア別子は、別子銅山の跡地を活用して1991年に開業した観光施設で、端出場(はでば)ゾーンと東平ゾーンからなり、年間400万人以上とも言われる来場者を集める新居浜市を代表する観光地になっています。

このうち端出場にある本館4階に位置する温泉施設「天空の湯」では、ジェットバスやサウナ、炭酸泉・酸素泉を備えた露天風呂などが用意されており、追加料金で岩盤浴も楽しめます。登山で疲れた体を休めるにはうってつけのロケーションで、東赤石山・西赤石山への登山と組み合わせた立ち寄り湯として多くの登山者に利用されています。また、本館2階からは、かつての鉱山観光エリアである東平ゾーンまで、観光鉄道でおよそ4分の乗車を楽しむこともでき、砂金採り体験などのアクティビティも用意されています。別子銅山は1691年に住友家によって開坑されて以来、閉山する1973年までの間に約300万トンの鉱石を産出し、日本の近代化を支えた歴史を持ちます。登山と合わせてこうした鉱山の歴史に触れることで、東赤石山周辺の旅がより一層深みのあるものになるでしょう。

東赤石山と一口に言っても、その難易度は選ぶコースによって大きく変わる点に注意したいところです。筏津登山口から東赤石山の山頂だけを往復するプランであれば、体力的な負荷はあるものの、登山初心者でも慎重に歩けば十分に挑戦できるコースとされています。一方で、八巻山を経由する岩稜帯の周回コースや、西赤石山・銅山峰ヒュッテを組み合わせた縦走コースを選ぶ場合は、岩場での的確なルートファインディング能力や、長時間行動に耐える体力が求められ、上級者向けの難易度になります。これから東赤石山デビューを考えている登山者は、まずは筏津登山口からのピストンコースで山と花の魅力を味わい、経験を積んだうえで、八巻山経由の周回コースや西赤石山への縦走といった、より難易度の高いプランにステップアップしていくのが安全で無理のない楽しみ方といえるでしょう。

東赤石山は、岩場やザレ場、渡渉箇所を含む本格的な登山ルートであるだけに、事前の登山届提出は強く推奨されます。登山届は、従来の紙の書式を登山口のポストに投函する方法のほか、近年ではインターネット経由で提出できる「コンパス」のようなオンラインシステムを利用する登山者も増えているようです。コンパスをはじめとするオンライン登山届システムでは、登山計画を警察や家族、友人とあらかじめ共有できるほか、下山予定時刻を過ぎても下山通知が届かない場合にアラートが発信される仕組みが整っており、万一の遭難時にも迅速な捜索・救助活動につなげやすいという利点があります。東赤石山のように、稜線の岩場でルートが分かりにくい区間を含む山では、こうした登山届の提出とルート、エスケープルートの事前確認が、安全な登山計画の土台になります。

東赤石山は、標高1710メートルという数字だけでは語り尽くせない、地質と植物の物語が凝縮された山です。赤茶けたかんらん岩の岩峰、そしてその土台となる蛇紋岩地帯が育んだオトメシャジンをはじめとする貴重な高山植物群は、四国はもとより日本を代表する蛇紋岩植生のひとつといえるでしょう。夏場は花の見頃を迎える一方で、熱中症や急な天候変化への備えが欠かせない季節でもあります。早朝出発や十分な水分・塩分補給、天候の見極めといった基本的な夏山対策を徹底しつつ、筏津登山口や瀬場登山口からのルートをじっくりと歩けば、四国の山岳の奥深さと、蛇紋岩という特殊な大地が生み出した植物たちの生命力を、存分に味わうことができるはずです。登山を計画する際は、最新の登山道情報、水場の状況、天気予報を必ず事前に確認し、無理のない計画で東赤石山の夏を楽しんでください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次