天狗塚登山ガイド、剣山系随一の笹原「牛の背」を歩く

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剣山系の天狗塚は、標高1,812メートルの山頂西側に「牛の背」と呼ばれる笹の丘陵が広がり、夏はミヤマクマザサの緑が稜線を覆う登山コースです。徳島県三好市に位置し、剣山や三嶺と稜線でつながる剣山国定公園の一角にあります。標高こそ剣山や三嶺よりやや低いものの、笹原の稜線歩きが生む開放感では引けを取りません。この記事では、天狗塚登山口からの日帰りコースや三嶺との縦走ルート、夏山ならではの注意点まで、剣山系で笹原歩きを計画している人に向けてまとめます。

目次

天狗塚は剣山系の稜線に立つ標高1,812メートルの山

天狗塚は、徳島県三好市にある標高1,812メートルの山です。四国百名山に選ばれているほか、徳島県の「とくしま88景」にも数えられ、剣山国定公園の一部を占めています。剣山(標高1,955メートル)から次郎笈、三嶺(標高1,893〜1,894メートル)、西熊山と連なる稜線の西端にあたり、三嶺から天狗塚にかけての一帯は四国でもっとも美しい高原地帯のひとつともいわれています。

山頂に三角点はありませんが、山頂標識が立ち、ほぼ360度に近いパノラマが広がります。鋭く尖った独立峰のような山容が特徴で、遠目からでもそれとわかる存在感があります。山頂の西側になだらかな丘状の稜線「牛の背」が続き、その全面をササが覆う光景こそ、天狗塚登山の最大の見どころです。

三好ジオパークが語る剣山系の成り立ちは3億年前の海底

天狗塚が属する剣山系(剣山地)は、四国のほぼ中央部、徳島県と高知県の県境付近に東西に連なる山域です。中心となる剣山は西日本で石鎚山に次ぐ第2の高峰で、一帯は剣山国定公園に指定されています。剣山から西へ次郎笈、丸石、高ノ瀬、そして三嶺、西熊山、天狗塚へと縦走路が続き、稜線上には森林限界に近い環境ならではの風景、つまり樹木がほとんど育たずササ原と低木のツツジ類が広がる光景が見られます。

三好ジオパークの解説によると、これらの山頂付近では南北方向の強風が常時吹く条件にあるため、背の高い樹木が生育できず、ミヤマクマザサなどのササ類やコメツツジといった低木が主体の植生になっているとされています。標高によって植生がグラデーションのように変化していく様子も、この山域の見どころのひとつです。

登山道を歩いていると、白い石灰岩が点在しているのに気づきます。この石灰岩からは、約3億年前の浅く暖かい海に生息していたウミユリや、コノドントと呼ばれる顎のない原始的な魚(全長数センチ)の化石が見つかっています。西日本で2番目に高いこの山域が、かつては海の底だったという事実は、稜線を歩きながら思い浮かべると味わい深いものがあります。

ジオパークとは、地質学的に貴重な自然遺産を保全しながら、教育や観光に活用していく取り組みを指す考え方です。三好ジオパークもこの枠組みのひとつで、剣山系の稜線に残る化石や地形を、単なる登山の背景としてではなく、大地の成り立ちを伝える資料として位置づけています。足元の石灰岩ひとつにも数億年の時間が刻まれていると考えると、いつもの稜線歩きが少し違って見えてくるかもしれません。

天狗塚の登山口は西山林道・光石・名頃の3つに分かれる

天狗塚へ登るルートはいくつかありますが、代表的な登山口は次の3つです。

登山口所在地特徴
天狗塚登山口(西山林道側)徳島県三好市東祖谷最も一般的でアクセスしやすい。第1ピーク経由で山頂・牛の背へ向かう往復コースが定番
光石登山口高知県香美市物部町久保和久保標高約910メートル。無料駐車場(10台程度)とトイレあり。三嶺・西熊山・天狗塚方面への入口
名頃登山口(三嶺林道入口)徳島県三好市東祖谷名頃三嶺への主要な玄関口。縦走の起点・終点として利用される

最も一般的でアクセスしやすいのが、徳島県三好市東祖谷の西山林道沿いにある天狗塚登山口です。ここから第1ピークを経由して天狗塚へ、さらに牛の背まで足を延ばす往復コースが定番となっています。

光石登山口は、高知自動車道の南国インターチェンジから東へ約50キロメートル、国道195号などを経由して1時間30分ほどかかります。林道区間は幅員が狭く、すれ違いに苦労する箇所やガードレールのない区間も多いため、運転には注意が必要です。光石登山口を過ぎてしばらく進むと白髭山登山口があり、こちらにも駐車場とトイレが整備されています。

名頃登山口がある名頃の集落は「天空の村かかしの里」としても知られ、等身大の案山子が集落のあちこちに置かれた独特の風景が広がる場所です。登山の行き帰りに立ち寄る人も多いスポットで、バス便もありますが本数が少ないため、多くの登山者はマイカーを利用しています。いずれの登山口も公共交通機関の便は限られており、縦走する場合は登山口と下山口が異なるため、車を1台デポするか、タクシーやバスを組み合わせるなどの計画が必要になります。

天狗塚登山口からの日帰りコースは往復4時間35分が目安

もっとも手軽に天狗塚の魅力を味わえるのが、西山林道の天狗塚登山口からのピストン(往復)コースです。コースタイムの目安は下の表の通りです。

区間所要時間
天狗塚登山口→第1ピーク約50分
第1ピーク→久保分岐約55分
久保分岐→天狗塚山頂約20分
山頂→牛の背約30分
久保分岐→第1ピーク(復路)約35分
第1ピーク→登山口(復路)約35分

往路の合計はおよそ2時間35分、復路はおよそ2時間で、往復のトータル歩行時間は約4時間35分が目安です。歩行距離は往復で約8.4キロメートル、累積標高差は約940メートルとされています。

登山レベルとしては、歩行時間5時間10分、歩行距離7キロメートル、累積標高差915メートル、平均斜度7.5度、消費カロリーの目安は約2,134キロカロリー、必要水分量は約1.7リットルという試算もあり、体力度・難易度はやや高めです。初心者だけで気軽に日帰り、というよりは、ある程度登山経験を積んだ人向けのコースと考えたほうがよいでしょう。急登区間があることに加え、稜線に出てからも風の影響を受けやすいため、天候判断と体力配分が重要になります。

三嶺から天狗塚への縦走はお亀岩避難小屋が拠点になる

天狗塚単体の往復だけでなく、三嶺と組み合わせた縦走も剣山系の代表的なロングコースとして人気があります。名頃登山口や光石登山口から三嶺に登り、稜線を西へたどって西熊山を経由し、天狗塚へ至るルートです。逆に天狗塚側から入り、三嶺側へ抜けることもできます。

この縦走路の中間地点、西熊山と天狗塚の間、標高約1,690メートル地点に「お亀岩避難小屋」があります。無人の避難小屋ですが管理が行き届いており、内部は20人程度が収容可能な広さで、トイレも設置されています。小屋の外にもテントを張れるスペースが十分にあり、縦走の際の宿泊地として多くの登山者に利用されています。水場は小屋から徒歩1分ほどの場所にあり、獣による汚染を防ぐためネットで囲われた湧き水が利用できます。夏の縦走であれば、この小屋を拠点に1泊2日、あるいは前後泊を含めた行程を組むのが定番です。

いやしの温泉郷を起点に三嶺・西熊山・天狗塚を経て西山林道の登山口へ抜けるロングコースの参考タイムとして、いやしの温泉郷から三嶺までがおよそ3時間50分という記録もあり、縦走全体では1日ではかなりタフな行程になることがわかります。体力と経験、そして天候判断に自信のある人向けの計画です。

牛の背の笹原はシコクザサが稜線を覆う剣山系随一の景観

天狗塚登山のハイライトは、なんといっても山頂西側に広がる「牛の背」です。名前の由来通り、牛の背中のようになだらかな丘陵状の地形が続き、その全面を四国特有のササである「シコクザサ(ミヤマクマザサ)」が覆っています。木々がほとんどなく視界を遮るものがないため、稜線を歩くほどに周囲の山並みが広がって見える、開放感あふれる景観が続きます。

夏場のシコクザサは瑞々しい緑色に染まり、青空とのコントラストが美しく、風が吹くたびに笹原全体が波打つように揺れます。三嶺から天狗塚にかけての稜線は「四国で最も美しい高原地帯」と評されることもあり、笹原の稜線歩きを目当てに剣山系を訪れる登山者は少なくありません。写真映えする風景としても人気が高く、夏のトレッキングシーズンには多くの登山者やカメラ愛好家が訪れます。

天狗塚から東へ向かう縦走路上の分岐点は「天狗峠」と呼ばれ、ここから稜線をさらに東へたどると綱附森(標高1,643メートル)方面への道も分かれています。周回コースとして綱附森と天狗塚・牛の背を組み合わせて歩く登山者もおり、笹原歩きのバリエーションルートとしても知られています。

山頂からは石鎚山や太平洋まで見渡せることもある

天狗塚の山頂に立つと、西側には牛の背のなだらかな笹の丘、東側には西熊山から三嶺へと続く美しい稜線を望むことができます。天候に恵まれた日には、四国最高峰・石鎚山や、遠く太平洋まで見渡せることもあるといわれています。三角点こそありませんが、それを補って余りある展望が広がり、四方を見渡せる開放的な山頂は多くの登山者を魅了しています。

ミヤマクマザサとコメツツジの群落は国の天然記念物に指定

天狗塚を含む三嶺周辺の山頂一帯は、「三嶺・天狗塚のミヤマクマザサ及びコメツツジ群落」として国の天然記念物に指定されています。強風にさらされる稜線上では樹木が育たず、ミヤマクマザサ(シコクザサ)とコメツツジを中心とした特殊な植生が形成されており、これが学術的にも貴重な自然として保護の対象になっています。

コメツツジの見頃は例年7月初旬から中旬にかけてで、夏の登山シーズンの入り口にあたる時期に、笹原のあちこちに白く可憐な花が咲きます。ほかにも、稜線や湿った場所ではハクサンコザクラやミヤマキンバイ、イワイチョウといった高山植物が見られることがあり、季節ごとに異なる花の表情も、この山域を歩く楽しみのひとつです。

天然記念物に指定された植生を観察するときは、写真を撮るために登山道を外れて群落の中へ立ち入らないことが基本のマナーです。ミヤマクマザサやコメツツジは強風という厳しい環境に適応して育っており、一度踏み荒らされると回復までに長い年月がかかります。稜線歩きの気持ちよさは、こうした植生がそこにあり続けてくれるからこそ成り立っている面もあります。

ニホンジカの食害で笹原の保全活動が2007年から続く

美しい笹原が広がる一方で、剣山系、とりわけ三嶺・天狗塚エリアでは、近年ニホンジカによる深刻な食害が問題となっています。かつては豊かな原生林と希少な草花の自生地が広がっていたこのエリアですが、シカの食害によって笹をはじめとする植生が枯死し、地表がむき出しになった結果、土砂の流出や登山道の崩壊といった問題が進行しています。

こうした状況を受けて、2007年には「三嶺の森をまもるみんなの会」が発足し、防鹿柵の設置や植生回復のための活動が継続的に行われています。天然記念物に指定されるほど貴重な笹原の景観を将来にわたって守るため、地道な保全活動が今なお続けられている点は、登山者としても知っておきたい背景です。笹原を歩く際は、登山道を外れて植生に踏み込まない、防鹿柵の中に入らないなど、基本的なマナーを守ることが、この景観を次の世代に引き継ぐことにつながります。

夏の稜線歩きは雷と紫外線への備えが欠かせない

天狗塚は積雪期を除けばほぼ通年登られていますが、一般的には積雪のない4月から11月ごろがシーズンとされます。なかでも夏はササの緑が最も濃くなり、笹原の稜線歩きを存分に楽しめる時期です。梅雨明け後の7月から8月にかけては、コメツツジなど高山植物の見頃とも重なり、視界の開けた稜線からの展望も楽しみやすい季節です。

一方で、夏山特有の注意点もあります。四国の山であっても標高1,800メートル前後の稜線上は独立峰的に風の影響を受けやすく、天候が急変しやすい環境です。晴れていても大気の状態が不安定な気圧配置のときは、夏山最大の脅威ともいえる雷が発生しやすくなります。稜線上には身を隠せる場所が少ないため、行動時間を早め、午後の遅い時間に稜線上にいることを避ける「早出早着」の計画が基本になります。出発前には天気予報だけでなく、山岳向けの天気予報サービスなどで山頂付近の風や雷のリスクを確認しておくと安心です。

また、開けたササ原のコースは日差しを遮る樹林がほとんどないため、夏場は強い紫外線と暑さへの対策が欠かせません。帽子や日焼け止め、こまめな水分補給を心がけましょう。コースの目安水分量として1.7リットル程度という試算もあり、行動時間が4〜5時間を超えることを踏まえると、それ以上の水を用意しておくと安心です。稜線上には水場が乏しいため、あらかじめ登山口や避難小屋周辺で必要な水を確保しておく必要があります。

装備はレインウェアと防風ジャケットを日帰りでも携行する

天狗塚は稜線歩きが中心で、天候による気温差や強風にさらされやすい地形です。夏場であっても、レインウェアや防風性のあるジャケットは必携です。急な登りや不整地もあるため、しっかりしたトレッキングシューズが望ましく、日帰りであっても地図(登山地図アプリなど)、行動食、十分な飲料水、ヘッドライト、応急セットといった基本装備は準備しておきましょう。縦走してお亀岩避難小屋に宿泊する場合は、寝袋やマット、テントを利用するなら設営道具一式、さらに複数日分の食料と水も必要になります。

天狗塚単体の往復でも歩行時間5時間前後、累積標高差900メートル超という数値が示す通り、体力的にはそれなりの負荷がかかるコースです。登山経験が浅い場合は、日帰りの天狗塚登山口からの往復コースから始め、慣れてきたら三嶺との縦走にステップアップするのがおすすめです。

装備を準備する段階では、天気予報が晴れ予報であっても油断しないことが大切です。稜線上の天候は麓の予報とずれることが珍しくなく、風が強まれば体感温度は数度単位で下がります。日帰りだからと荷物を絞りすぎず、防寒・防風・雨対策の3点をセットで持っていくことが、稜線歩きを安全に楽しむための最低条件になります。

名頃のかかしの里といやしの温泉郷は登山前後に立ち寄れる

登山口周辺には、剣山系ならではの魅力的なスポットが点在しています。名頃の集落は「天空の村かかしの里」として知られ、集落の人口を上回るとも言われるほど多数の等身大の案山子が置かれており、独特で印象的な風景が広がります。三嶺方面の登山とあわせて立ち寄る観光客や登山者も多いスポットです。

また、いやしの温泉郷は三嶺への登山口のひとつであると同時に、登山後に疲れた体を癒やす温泉施設としても利用されています。縦走の前後泊拠点として、あるいは日帰り登山の後の立ち寄り湯としても重宝します。剣山周辺には剣山国定公園としての豊かな自然が広がっており、祖谷渓谷やかずら橋といった徳島県西部の観光名所も比較的近く、登山と観光を組み合わせた旅程を組みやすいエリアです。

祖谷渓谷やかずら橋を含む祖谷エリアは、剣山系の登山口へ向かう道中に位置していることが多く、前日入りして周辺を観光してから登山に臨む、という計画も立てやすくなっています。長距離を運転してアクセスする登山者が多いことを考えると、無理のない旅程を組むこと自体が、翌日の稜線歩きを安全にする準備のひとつともいえます。

天狗塚は笹原の景観を守りながら歩く覚悟が要る山

天狗塚は、標高こそ1,812メートルと剣山や三嶺に比べればやや低いものの、山頂西側に広がる「牛の背」の笹原景観は剣山系を代表する絶景のひとつです。夏には青々としたシコクザサの稜線と、コメツツジなど高山植物の花が登山者を迎え、天候に恵まれれば石鎚山や太平洋まで見渡せる大展望が広がります。三嶺との縦走やお亀岩避難小屋を利用した1泊2日の行程を組めば、剣山地の稜線をより深く味わうことができるでしょう。

その一方で、天然記念物に指定されるほど貴重な笹原はニホンジカの食害という課題を抱えており、保全活動によってかろうじて守られている自然でもあります。登山道を外れない、防鹿柵の中に立ち入らないといった基本的なマナーを守りながら、この美しい高原地帯を歩くことが、次の世代にもこの景観を残すことにつながります。夏山シーズンには、天候急変や雷のリスク、日差しの強さといった注意点をしっかり踏まえたうえで、計画的に天狗塚の笹原歩きを楽しんでください。

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