岩手県の三陸沿岸に立つ五葉山は、標高1351メートルの山です。北上山地の中でも海にいちばん近い高峰で、5月から6月にかけては登山道がツツジのピンクに染まり、山頂に着くと太平洋とリアス海岸が一気に視界へ飛び込んできます。この記事では、五葉山のツツジの見頃、太平洋を望む展望のポイント、登山ルートとコースタイム、アクセス方法までをまとめました。

五葉山は岩手県三陸沿岸で最も海に近い標高1351メートルの高峰
五葉山は、岩手県の大船渡市・釜石市・住田町の2市1町にまたがっています。北上山地南部に位置し、三陸沿岸では最高峰です。日本三百名山に選ばれているほか、田中澄江監修の「花の百名山」にもシャクナゲの山として名前が挙がっています。
山名の由来は二つ伝わっています。ひとつは、阿弥陀如来、薬師如来、観音菩薩、虚空蔵菩薩、愛染明王という五つの仏を祀ったからという説です。もうひとつは、藩政時代に伊達藩が重視した山だったため「御用山」と呼ばれ、それが「五葉山」に転じたという説です。どちらの説を取っても、山岳信仰の対象として、また藩の御用林として長く大切にされてきた歴史が見えてきます。
山には貴重なヒノキアスナロの原生林とシャクナゲの群落が残り、五葉山県立自然公園に指定されています。林野庁は「五葉山自然観察教育林」として区域を設定しており、展望だけを目的にした山ではないことがわかります。花と森を含めた自然環境そのものが、この山の価値を支えています。
山頂は日の出岩、三角点は五葉山で標高表示に食い違いがある
五葉山の標高を調べると、1341メートルと1351メートルの二つの数字が出てきて戸惑う人が多いはずです。三角点のある「五葉山」の地点は標高1341.3メートルで、そこから東北東に位置する巨岩群「日の出岩」が標高1351メートルの最高地点にあたります。日本三百名山として登録されているのは三角点のある「五葉山」ですが、山塊全体の最高点は日の出岩です。登山記録サイトでも「五葉山の標高は1341メートルという誤解があるが、正しい最高点は日の出岩の1351メートル」という指摘が繰り返し取り上げられています。山頂を目指す際は、三角点だけで引き返さず、日の出岩まで足を延ばすと、この山の最高地点を踏んだことになります。
三陸復興国立公園の一部として自然が守られている
五葉山が含まれる三陸沿岸は、三陸復興国立公園のエリアと重なっています。この国立公園は、東日本大震災で被災した三陸地域の復興に貢献する目的で、2013年5月に創設されました。南北の延長は約250キロメートルにおよび、北部は「海のアルプス」と呼ばれる大断崖、南部は入り組んだリアス海岸が続く構成になっています。岩手県南部エリアは、豊かな森を抱いた岬が連続するリアス海岸が特徴で、五葉山はこのエリアの内陸側に位置する形です。海岸にはウミネコやオオミズナギドリの繁殖地もあり、山だけでなく沿岸の自然環境全体が守られている地域だと言えます。
日本三百名山は日本百名山に200座を加えた合計300座のリスト
五葉山が選ばれている日本三百名山は、日本山岳会の『山日記』編集メンバーが1978年に選定したリストです。すでに知られていた「日本百名山」100座に、新たに200座を加えて合計300座としています。百名山の選考基準には「品格」「歴史」「個性」と標高1500メートル以上という条件がありましたが、三百名山では標高の条件が外れ、1500メートル以下の低山も数多く選ばれました。標高1351メートルの五葉山が三百名山に名を連ねているのも、この基準緩和があってのことです。
花の百名山は田中澄江が山と花をセットで選んだ随筆集
五葉山がシャクナゲの山として選ばれている花の百名山は、劇作家の田中澄江が1980年に発表した随筆集がもとになっています。この随筆集は同年、第32回読売文学賞の随筆・紀行賞を受賞しました。山と花をこよなく愛した田中澄江が、登った山ごとに代表的な花を一つ選んでエッセイに綴ったもので、五葉山にはシャクナゲが割り当てられています。1995年には選び直した『新・花の百名山』も発表されており、山と花をセットで紹介するという構成が、このシリーズの一貫した特長になっています。
三陸ジオパークの一角に位置する山でもある
五葉山を含む三陸沿岸のエリアは、三陸ジオパークにも指定されています。三陸ジオパークは、青森県八戸市から岩手県の沿岸を縦断し、宮城県気仙沼市まで続く南北約220キロメートルのエリアで、海岸線の長さは約300キロメートルにおよびます。2013年9月に日本ジオパークとして認定され、「悠久の大地と海とともに生きる」をテーマに、青森県・岩手県・宮城県の沿岸16市町村で構成されています。五葉山の山頂から見下ろすリアス海岸は、こうした広域の地質・地形の物語の一部でもあります。展望を楽しむだけでなく、目の前に広がる海岸線がどうやって形づくられたのかを意識しながら歩くと、登山の見え方も変わってきます。
ツツジの見頃は5月中旬から6月上旬、2026年は7割開花で足踏みした
五葉山のツツジは、例年5月中旬から6月上旬が見頃です。群生地として特に知られているのが、赤坂峠登山口から畳石にかけての区間と、3合目付近にある通称「お花畑」です。3合目は「賽の河原」とも呼ばれ、赤坂峠登り口からおよそ30分で到着します。ツツジだけでなく、スミレやミネヤマザクラも同時期に咲くため、初夏の登山道は花の密度がかなり高くなります。
2026年のツツジは、大船渡市の観光情報によると、5月25日時点でおよそ7割の開花にとどまっていました。1週間ほど肌寒い日が続いたことが、開花の遅れにつながりました。見頃の時期は年によって前後するので、訪問前には大船渡市観光物産協会の最新情報を確認しておくと安心です。満開のタイミングを逃したくない場合は、山開き直後から6月上旬にかけて複数回、開花情報をチェックしながら計画を立てる方法が現実的です。
シャクナゲは7月上旬が見頃、花の百名山に選ばれた理由
ツツジのシーズンが終わると、続いてシャクナゲが咲きます。見頃は例年7月上旬です。五葉山が「花の百名山」に選定される決め手になったのがこのシャクナゲで、貴重な群落が山中に残っています。5月から6月のツツジ、7月のシャクナゲと、初夏の2か月間は花を目当てに何度も通いたくなる山だと言えます。登る時期をずらすだけで、同じ登山道でもまったく違う表情に出会えます。
山頂から太平洋とリアス海岸を一望、樹林を抜けた瞬間に視界が開く
五葉山は「北上山地で最も海に近い高峰」と称される山です。山頂に立つと東側に太平洋が大きく広がり、複雑に入り組んだ三陸のリアス式海岸を見下ろせます。天候に恵まれれば、海上のかなり遠くまで見通せる日もあります。
この太平洋展望のおもしろさは、山頂だけにとどまりません。登山道を歩いていると、樹林の切れ間ごとに海がちらちらと見え隠れし、登るほどに視界が開けていきます。花のトンネルをくぐりながら標高を上げ、稜線に出た瞬間に太平洋の大海原が広がる、その切り替わりの瞬間こそが五葉山登山のいちばんの見どころです。内陸の山では味わえない、海に近い高峰ならではの景色です。
赤坂峠コースの登山時間は登り2時間30分、下り1時間30分
五葉山への登山ルートはいくつかありますが、もっとも一般的でアクセスしやすいのが赤坂峠コースです。赤坂峠登山口を出発し、畳石、石楠花荘(標高1290メートル付近)、五葉山水場、日枝神社(標高1310メートル付近)を経て、五葉山山頂(1341メートル)に至ります。標準的なコースタイムは、登りがおよそ2時間30分、下りがおよそ1時間30分です(休憩時間は含みません)。
区間ごとの目安としては、赤坂峠登山口から3合目「賽の河原」までが約40分、そこから畳石まで約40分、畳石から石楠花荘までが約80分という記録があります。日帰りで往復する場合、休憩や写真撮影の時間を含めると、トータルで4時間から5時間ほど見ておくと余裕を持って歩けます。
荒川口コースと楢ノ木平コースは釜石市側からの周回向きルート
赤坂峠コース以外にも、唐丹町荒川方面から登る荒川口コース(山頂まで約2時間)と、甲子町大畑方面から登る楢ノ木平コース(山頂まで約2時間20分)があります。どちらも釜石市側からのアプローチで、赤坂峠コースとは違う稜線や沢筋の風景を楽しめます。このほか、桧山・大松・鳩峰を経由するコースを紹介している資料もあり、五葉山には四方から複数の登山口が通じています。
各コースの特徴を比較すると、次のようになります。
| コース名 | 起点となる方面 | 山頂までの目安時間 | 向いている登山者 |
|---|---|---|---|
| 赤坂峠コース | 大船渡市・釜石市境界 | 登り約2時間30分 | 初めて五葉山に登る人、花の群落を見たい人 |
| 荒川口コース | 釜石市唐丹町荒川 | 約2時間 | 赤坂峠コースを歩いたことがあるリピーター |
| 楢ノ木平コース | 釜石市甲子町大畑 | 約2時間20分 | 稜線や沢筋の変化を楽しみたい人 |
初めて五葉山の山頂を目指すなら、花の名所を通る赤坂峠コースがいちばん選びやすいルートです。荒川口コースや楢ノ木平コースは、山頂からの展望や周回の変化を求めるリピーター向けの選択肢になります。ピストン(往復)だけでなく、登山口と下山口を変えて周回のように歩けるのも、複数のコースを持つ五葉山ならではの楽しみ方です。
赤坂峠登山口へは釜石駅から車で50分、無料駐車場は50台分
赤坂峠登山口へのアクセスは、車が基本です。釜石駅からはおよそ50分の距離にあります。
ルートの一例を挙げると、三陸沿岸道路の大船渡インターチェンジを降りて右折し、国道45号に入ります。「権現堂」交差点を右折して国道107号に入り、5キロメートルほど進んで県道193号に入ったら、道なりに12キロメートル進むと、大船渡市と釜石市の境界付近にある赤坂峠の駐車場に着きます。釜石道を使う場合は、滝観洞インターチェンジから県道167号、180号、193号を経由し、およそ45分で登山口に到着するルートもあります。
赤坂峠には無料の駐車場が整備されており、約50台の駐車が可能です。水飲み場やトイレも設置されているため、日帰り登山の起点として使いやすい環境が整っています。公共交通機関でのアクセスは限られているので、マイカーかレンタカーでの訪問が現実的な選択になります。
山開きは毎年4月29日、赤坂峠登山口で安全祈願祭が行われる
五葉山では毎年4月29日の昭和の日に山開きが行われます。主催は釜石市・大船渡市・住田町の3市町でつくる五葉山自然保護協議会です。赤坂峠登山口を会場に安全祈願祭が執り行われ、8時30分から祈願祭、9時から登山開始という流れが例年のスケジュールです。雨天でも決行されます。
この山開きを境に、五葉山の本格的な登山シーズンが始まります。5月から6月にかけてツツジ、7月にシャクナゲと花のシーズンが続くため、山開き直後からの時期がもっとも賑わうタイミングになります。年間を通じて登山者を受け入れている山ですが、花を目当てにするなら、この時期を軸に計画を立てるのが得策です。
石楠花荘と4合目休憩所が日帰り登山の安心材料になる
登山道の4合目付近には、テーブルとベンチが設置された休憩スペースがあります。長い登山道の途中で一息つける場所です。山頂近くには改修済みの山小屋「石楠花荘」があり、水場・トイレ・テーブルが整った広場も併設されています。石楠花荘は避難小屋としての役割も果たすため、天候が急変したときや体調を崩したときの安心材料になります。
五葉山水場や日枝神社を経由して山頂に至る道中は、樹林帯から徐々に視界が開けていく構成です。往復登山にありがちな単調さを感じにくい、変化のあるコース取りだと言えます。
装備の注意点は防風対策と熊鈴の携行の2点
五葉山は標高1351メートルとそれほど高い山ではありませんが、東北の山であることと、稜線に出ると海からの風を強く受けることを踏まえた装備が必要です。防風・防寒ができる重ね着を用意しておきましょう。山頂付近は樹林帯を抜けて開けた地形になるため、晴れていても風が強い日は体感温度がかなり下がります。
登山の重ね着は、肌に近い順に「ベースレイヤー」「ミッドレイヤー」「アウターレイヤー」の3層に分けて考えるのが基本です。ベースレイヤーには汗冷えを防ぐ吸水速乾素材を選び、綿素材は濡れると乾きにくいため避けたほうが無難です。歩き始めは少し肌寒いくらいの服装でスタートし、寒ければ着る、暑ければ脱ぐを徹底すると、行動中の体温調整がしやすくなります。稜線に出て風が強まったタイミングでアウターを一枚足せるようにしておくと、五葉山特有の海風にも対応しやすくなります。
登山道は整備されているものの、岩場や石の多い区間も含まれます。ソールのしっかりしたトレッキングシューズを選んでください。東北地方の山岳エリア全般に言えることですが、ツキノワグマの生息域と重なる可能性があるため、熊鈴を携行し、見通しの悪い樹林帯では物音や声を出しながら歩く対策をおすすめします。
熊対策の基本は「音」「時間」「におい」の3点を意識することです。熊鈴をリュックやストックに付けておくと、鈴の音で人の存在が先に伝わり、近距離でばったり出会う事態を避けやすくなります。沢の音や風で鈴の音が届きにくい場所では、ホイッスルを併用するか、手を叩く、声を出すといった方法も有効です。人の声は音の変化に富んでいるため、機械的な音よりも熊に気づかれやすいとされています。単独より複数人での行動のほうが会話が続きやすく、こうしたリスクを下げやすくなります。また、熊が活発になりやすい早朝や夕方の時間帯を避けて行動計画を組むことも、基本的な対策のひとつです。
天候面では、太平洋側の山なので、海霧の影響で視界が悪くなる時期があることも頭に入れておいてください。太平洋展望を目的に登るなら、事前に天気予報と現地の観光協会やガイド団体の最新情報を確認してから入山するのが確実です。
登山届の提出も安全対策のひとつになる
装備と並んで大切なのが、登山届の提出です。岩手県では、岩手県警察本部生活安全部地域課が登山届を受け付けており、郵送のほか、インターネットを使った岩手山モバイル登山届システムでも提出できます。全国的に普及している「コンパス」というオンラインシステムを使えば、登山計画を家族や友人、警察と共有でき、下山通知の機能で安否確認もしやすくなります。五葉山は日帰りで歩ける難易度の山ですが、単独行動や不慣れなコース選択をする場合は、登山届を出しておくと万一のときの対応が早くなります。
五葉山登山でよくある疑問は日帰り可否とツツジ・シャクナゲの時期選び
初めて五葉山への登山を計画する人からよく聞かれるのが、日帰りで往復できるかという点です。赤坂峠コースなら登り約2時間30分、下り約1時間30分で、休憩を含めても4時間から5時間程度に収まるため、日帰り往復は十分可能です。
もうひとつよく聞かれるのが、ツツジとシャクナゲのどちらを優先して見るべきかという疑問です。ツツジは5月中旬から6月上旬、シャクナゲは7月上旬が見頃なので、一度の登山で両方を同時に楽しむのは難しくなります。ピンク色の群落を広く見たいならツツジの時期、五葉山が花の百名山に選ばれた由来となった花を見たいならシャクナゲの時期を選ぶ形になります。
駐車場の混雑を心配する声もありますが、赤坂峠には約50台分の無料駐車場があるため、平日であれば大きな混雑は起きにくいはずです。ただし、山開き直後の週末やツツジの見頃と重なる休日は、朝早い時間帯の到着をおすすめします。公共交通機関だけで向かうのは難しいコースなので、車を持たない場合は、釜石駅周辺でレンタカーを手配しておくと計画が立てやすくなります。
岩手県五葉山はツツジと太平洋展望を一度に楽しめる標高1351メートルの山
五葉山は、大船渡市・釜石市・住田町にまたがる標高1351メートルの三陸沿岸最高峰です。日本三百名山と花の百名山の両方に選ばれており、5月から6月のツツジ、7月のシャクナゲ、そして山頂から広がる太平洋とリアス海岸の展望を一度に楽しめます。赤坂峠コースなら登り約2時間30分、下り約1時間30分というコースタイムで、日帰り登山として取り組みやすい難易度です。三角点のある五葉山だけで満足せず、東北東にある日の出岩まで足を延ばせば、この山塊の最高地点である標高1351メートルの景色まで確かめられます。毎年4月29日の山開きから始まる登山シーズンに合わせて、花と海の両方を味わえる五葉山への登山を計画してみてください。








