山梨県の御正体山登山ガイド、道志山塊が誇る静かな百名山を歩く

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山梨県都留市と道志村の境に立つ御正体山は、道志山塊の最高峰であり、静かな百名山として知られる一座です。標高は1681メートルで、日本二百名山と山梨百名山の両方に名を連ねています。富士山や丹沢の主要な山々と比べると知名度は高くありませんが、樹林帯を抜けた稜線でふいに富士山が姿を現す瞬間の落差が、この山ならではの魅力になっています。登山口までのアクセスがやや不便で、山頂付近の展望も限られるため地味な山と評されることがある一方、その静けさを求めて歩く登山者は少なくありません。この記事では、御正体山の基本データや妙心上人にまつわる信仰の歴史、代表的な登山コース、アクセス方法、注意点までをまとめます。

目次

御正体山の標高は1681メートルで道志山塊の最高峰

御正体山の標高は1681メートル(1682メートルと表記される資料もあります)で、山梨県都留市と南都留郡道志村の境界に位置しています。道志山塊とは、山中湖の北側から西へ延びる山域の総称で、菰釣山や赤鞍ヶ岳、今倉山、二十曲峠、石割山などを含みます。その中でも御正体山は最高地点にあたり、道志山塊の盟主的な存在です。深田久弥の日本百名山には選ばれていませんが、選から漏れた名峰を集めた日本二百名山には名を連ねています。地元山梨県が選定する山梨百名山にも含まれており、地域の登山者にとって欠かせない一座になっています。

山頂付近は主にブナやミズナラなどの落葉広葉樹の原生林に覆われていて、樹林越しにわずかに富士山を望める程度で、開けた大展望は期待できません。その代わり、登山道の随所、特に稜線や送電鉄塔付近からは富士山や道志山塊の山並みを間近に望めるポイントがあり、静かな山歩きの中で訪れる展望の瞬間は印象的な体験として語り継がれています。

御正体山という名前は仏教用語「正体」に由来する

御正体山という名前は、仏教用語である正体(しょうたい)に由来するとされています。日本の神々は仮の姿であり、その本来の正体はインドの仏であるとする本地垂迹説に関わる言葉で、山そのものが信仰の対象とされてきたことをうかがわせる名称です。古くは養蚕の神が宿る山として、地域の人々から篤く敬われてきました。

本地垂迹説は、奈良時代から平安時代にかけて徐々に形成され、平安時代中期に確立されたとされる神仏習合の思想です。日本古来の神々への信仰と外来の仏教信仰が融合した現象を神仏習合と呼び、本地垂迹説はその中で生まれた考え方にあたります。たとえば伊勢神宮に祀られる天照大御神は大日如来の化身であるとされるなど、各地の神社の祭神にそれぞれ対応する本来の仏が定められていました。この思想のもとでは、山や社そのものが仏の化身の宿る場所として崇拝の対象になります。御正体山という名前も、山そのものに仏の本来の姿が宿っているという信仰から付けられたと考えられ、単なる地名以上の意味を持つ呼び名になっています。明治時代に入ると神仏分離令によって神仏習合の制度は終わりを迎えますが、御正体山という名称そのものは、その信仰の記憶を現在に伝えています。

妙心上人は文化14年に御正体山で入定した

この山の信仰史において特に重要な人物が、江戸時代後期に活躍した妙心上人です。妙心は天明6年、美濃国(現在の岐阜県揖斐川町)横蔵寺村に生まれ、本名を古野小市郎熊吉といいました。幼い頃から仏心が篤く、17歳のときに諸国の寺院仏跡を巡礼する旅に出て、長野の善光寺で仏門に入り妙心と名を改めたと伝えられています。特に富士山の行者僧として名を馳せ、後半生は甲斐国都留郡鹿留村の御正体山中に草庵を結んで修行を続けました。文化10年(1813年)に御正体山へ入山し、多くの人々の信仰を集めたとされています。

そして文化14年(1817年)、妙心は山中で入定しました。入定とは、即身仏になるための修行に入り、そのまま命を終えることを指します。即身仏になるための修行は、大きく分けて木食修行と土中入定という二段階の過程をたどるとされています。木食修行は山にこもり、米や麦、豆などの穀類を絶ち、木の実や山草だけを食べて長期間を過ごし、体の脂肪分を落とす修行です。その後、命の限界が近づいたことを自ら悟ると、深さ約3メートルの穴を掘った石室にこもり、断食をしながら鈴を鳴らし、経を読み続ける土中入定という最後の修行に入ります。こうした即身仏信仰が広まったのは室町時代から江戸時代にかけてとされ、山形県の湯殿山を中心とした地域では真言宗の一世行人と呼ばれる修行者が数多く育てられ、現在も十数体の即身仏が現存しています。妙心上人が御正体山で入定したのも、こうした即身仏信仰の広がりの延長線上にあったと考えられます。妙心のミイラはその後、山内に建てられた上人堂に祀られていましたが、明治維新後の廃仏毀釈によって山から下ろされ、一時は京都の博覧会などにも展示されました。最終的には妙心の故郷である岐阜県揖斐川町の横蔵寺に安置され、現在もそこで祀られています。こうした歴史的背景を知った上で山を歩くと、樹林帯の登山道が、かつて多くの信仰者が行き交った祈りの道であったことに気づかされます。

御正体山は1984年選定の日本二百名山に含まれる

御正体山は深田久弥の日本百名山には選ばれませんでしたが、日本二百名山の一座として広く知られています。日本二百名山は、深田久弥のファン組織である深田クラブによって1984年(昭和59年)に選定されたリストです。深田久弥自身が選んだ百名山に加え、いわゆる日本三百名山の中から深田選に含まれない山をさらに選び出し、合わせて二百名山とする考え方で作られました。

この選定にあたっては、深田が百名山選定の基準とした「原則として標高1500メートル以上であること」という条件があえて外されており、標高よりも品格や歴史、個性といった山そのものが持つ雰囲気や物語性が重視されたとされています。御正体山の標高は1681メートルで標高基準はクリアしていますが、選定の背景を踏まえると、妙心上人にまつわる信仰の歴史や道志山塊最高峰としての風格、人を寄せ付けない静けさといった個性が評価されて選ばれた一座だと考えられます。深田久弥が実際に登った百名山とは異なる基準で選ばれているからこそ、御正体山のような山が二百名山には数多く含まれています。こうした選定の経緯を知ると、御正体山を単なる知名度の低い山としてではなく、深田クラブが品格を認めた一座として捉え直せます。

御正体山登山のコースは道坂トンネルなど5パターン

御正体山への登山ルートはいくつか存在します。それぞれの特徴を押さえておくと、体力やアクセス手段に合わせたコース選びがしやすくなります。

道坂トンネルコースは登り3時間50分の日帰り向き

山梨県道24号都留道志線にある道坂トンネルの脇から入山するコースで、今倉山と合わせて登られることも多いルートです。標準コースタイムは登り約3時間50分、下り約3時間10分とされ、日帰り登山として十分に歩ける行程です。ルートの大半は樹林帯で展望は少なめですが、紅葉の時期は特に美しく、多くの登山者がこの季節を狙って訪れます。道坂トンネル手前左手のバス停付近には5台ほどの駐車余地があり、右手の細野鹿留林道分岐付近にはバイオトイレと数台分の駐車スペースが整備されています。

山伏峠コースは登り3時間で道坂峠コースより短い

国道413号(道志みち)沿い、道志村と山中湖村の境にある山伏峠入口付近から入山するコースです。標準コースタイムは登り約3時間、下り約2時間15分で、道坂峠コースよりやや短めの行程になります。山伏峠からは気持ちの良い尾根道を進み、途中の送電鉄塔付近は視界が開けていて、富士山や周辺の山々を望めます。登山口となる旧道路肩スペース(標高約1090メートル)には3台程度の駐車が可能です。

御正橋・二十曲峠コースは水場とトイレが整備済み

御正橋バス停付近から入山し、二十曲峠を経由して山頂を目指すルートもあります。このコースは公共交通機関を利用するハイカーにも選ばれていて、二十曲峠には水場とトイレが整備されています。ただし、林道や登山道が土砂流出等で荒れている場合があるため、事前の最新情報確認が推奨されます。

石割山への縦走は累積標高差1758メートルの健脚向け

体力と時間に余裕のある登山者には、御正体山から石割山、大平山を経て山中湖畔へ下る縦走コースが人気です。全体で約20キロメートル、累積標高差はおよそ1758メートルに達する健脚向けのロングコースで、日帰りで歩き通すにはかなりの体力を要します。石割山は山中湖畔からのアクセスが良く、山頂からは山中湖と富士山を望める人気ハイキングスポットでもあるため、静寂な御正体山と賑わいのある石割山という対照的な魅力を一日で味わえます。紅葉の時期にこのルートを歩き、黄金色に輝くブナ林と富士山を同時に楽しむ登山者の記録も多く見られます。

今倉山・菜畑山方面への縦走は距離約11.5キロ

体力に自信のある登山者の間では、御正体山から今倉山、菜畑山、さらに道志二十六夜山まで足を延ばす長距離縦走も記録されています。道志山塊の稜線を西へたどるこのルートは、登山記録によれば距離約11.5キロメートル、累積標高差約1120メートルに及ぶ本格的な行程です。今倉山や菜畑山、道志二十六夜山はいずれも道志山塊を構成する山々で、御正体山を中心に据えて周辺の峰々を連続して踏破することで、道志山塊全体の懐の深さを体感できます。単独の山として登るだけでなく、縦走の起点や経由点として御正体山を選ぶ登山者も少なくありません。

いずれのコースも、沢から尾根に取り付く区間では急登があり、特に雨上がりは赤土で滑りやすくなるため注意が必要です。また、池の平登山口方面からのルートは土砂流出により掘れた箇所や倒木で荒れている可能性が指摘されていて、最新の登山道情報を事前にチェックしておくことが望ましいといえます。

御正体山へのアクセスは都留インターから約10キロ

車でアクセスする場合、道坂トンネル登山口へは中央自動車道河口湖線の都留インターチェンジで下車し、国道139号線方面へ左折、都留市役所や富士急行線谷村町駅付近から道標に従って県道24号線を道志方面へ左折し、道なりに約10キロメートル進むと到着します。山伏峠登山口へは国道413号(道志みち)を道志村方面から山中湖方面へ向かい、村と村の境界付近に位置する登山口を目指す形になります。

公共交通機関を利用する場合は、富士急行線の駅からバスを乗り継いで道志方面や御正橋、道坂隧道バス停などへアクセスする方法が一般的です。ただし本数が限られるため、事前に時刻表を確認し、下山時刻に合わせた計画を立てることが重要です。マイカーであれば起点と終点が異なる縦走コースは周回できないため、バスや電車を組み合わせるか、タクシーを利用して登山口間を移動する登山者もいます。

御正体山登山のベストシーズンは5月と11月前後

御正体山を歩くのに適したシーズンは、新緑の芽吹く5月前後と、紅葉が美しい11月前後です。特に6月から8月にかけては樹林帯の中に虫が非常に多く発生し、快適な登山を楽しむには不向きな時期とされています。虫除け対策を十分に行わない場合、この時期の登山は苦しいものになりかねないため、避けるか万全の対策をして臨むのが賢明でしょう。

秋の紅葉シーズンは御正体山の魅力が最も引き立つ時期です。山頂付近から続く原生林はブナやミズナラを中心とした広葉樹に覆われていて、黄色や橙色に色づいた木々のトンネルを歩く体験は多くの登山者に支持されています。ブナを中心とした落葉広葉樹林は、常緑樹林に比べて葉が薄く、林内が明るく見通しの良い森をつくることが特徴とされています。春の芽吹きから夏の青葉、秋の紅葉、冬の明るい木立ちまで四季折々に表情を変え、太平洋側に位置する道志山塊のブナ林はモミやツガなどの針葉樹も交えて植生の多様性を持つ傾向があります。秋に積もった落ち葉は微生物の働きによって養分の多い土壌へと変わっていくため、御正体山の原生林はこうした生態系に支えられた森だといえます。石割山への縦走路でも、錦秋に染まった道志山塊最高峰の稜線歩きが静かな百名山ならではの見どころとして紹介されることが多くあります。

冬場は積雪や凍結の可能性があるため、軽アイゼンなど冬山装備を準備した上で入山する必要があります。標高こそ2000メートルに満たないものの、道志山塊は関東地方の中でも冷え込みが厳しくなることがあり、油断は禁物です。

御正体山登山の注意点は熊対策と水場の少なさ

御正体山の登山道は樹林帯が中心で展望に乏しい区間が長く続くため、道迷いには特に注意が必要です。分岐点や踏み跡が薄い箇所では地図読みとGPSアプリの併用が推奨されます。また、周辺エリアである杓子山から鹿留山、二十曲峠にかけての登山ルートでは熊の目撃情報が多く報告されており、熊鈴やホイッスルなど熊よけグッズの携行が必須とされています。特に忍野側では連日の熊出没情報が伝えられたこともあり、単独行の場合は特に警戒を怠らないようにしたいところです。クマは人の気配に気づくと自ら距離を取ることが多いとされていて、熊鈴や声、手拍子などで自分の存在を継続的に知らせることが、遭遇そのものを避ける基本になります。特に沢沿いや見通しの悪いカーブでは、曲がり角ごとに声を出すことが効果的とされています。一方で、クマは学習能力が高く、人の出したにおいや音のあとに食料を見つけると、次から人の気配に積極的に近づいてくる恐れがあります。食料の残りやごみを登山道や休憩地点に放置しないことも、熊対策の一環として意識しておきたい点です。

水場については、二十曲峠に水場とトイレが整備されているものの、コース全体を通して水を確保できる場所は限られます。事前に十分な量の飲料水を用意して入山することが望ましいでしょう。トイレについても道坂トンネル出口の駐車場にバイオトイレが設置されている程度で、稜線上には基本的にトイレがないため、登山口で済ませておくのが基本です。

沢から尾根への急登区間は、雨上がりなどコンディションが悪いときには赤土が滑りやすくなります。トレッキングポールの携行や滑りにくい登山靴の選択など、基本的な装備での対策が有効です。標高差が大きく行動時間も長めのコースが多いため、日帰りであっても早出を心がけ、ヘッドライトなどの非常装備も携行しておくと安心です。入山前には、登山口に設置された投函箱や警察署のオンライン受付、登山アプリなどを通じて登山届を提出しておくと、道迷いや行動不能などの際に捜索の手がかりになります。単独行で樹林帯の多いコースを歩く御正体山では、こうした事前準備の有無が下山後の安心感にもつながります。

登山後は道志の湯で疲れを癒せる

登山後の疲れを癒すスポットとして、道志村にある道志の湯がよく知られています。道志川の支流である室久保川の渓流沿いに立地する日帰り温泉施設で、泉質はカルシウムやナトリウムを含む硫酸塩泉、ペーハー7.3という湯を持ちます。男女それぞれに内風呂と開放感のある露天風呂が用意されていて、食堂や休憩室、売店も充実しているため、登山や川遊び、キャンプ帰りの立ち寄り湯として地元でも人気があります。営業日や時間は季節によって変動するため、訪問前に最新情報を確認しておくとよいでしょう。

また、都留市や道志村周辺には富士山周辺エリアならではの自然景観や道の駅、キャンプ場なども点在していて、御正体山登山とあわせて一泊二日の小旅行として楽しむプランを立てる登山者も少なくありません。石割山への縦走を選んだ場合は、下山地点となる山中湖畔周辺の観光施設や温泉施設を組み合わせるのもおすすめです。

御正体山は、日本二百名山および山梨百名山に数えられながらも、一般的な知名度はそれほど高くない静かな百名山です。標高1681メートルの道志山塊最高峰として、深い原生林に囲まれた登山道を歩くことになるため、大展望を求める登山者には物足りなく感じられる場面もあるでしょう。ただ、稜線や送電鉄塔付近でふいに現れる富士山の姿、紅葉シーズンに黄金色へと染まるブナ林の美しさは、静けさの中でこそ際立つ魅力です。江戸時代に妙心上人が信仰を集めた歴史を知りながら歩けば、樹林帯の登山道もまた違った趣を持って感じられます。道坂トンネルコースや山伏峠コースといった日帰りに適したルートから、石割山への本格的な縦走コースまで、体力や経験に応じて選べる複数のコースが用意されている点も御正体山の特徴です。熊やヒルへの注意、水場やトイレの少なさなど、事前に把握しておくべき情報も多いものの、しっかりと準備をした上で臨めば、静寂な山歩きの醍醐味を存分に味わえる一座です。喧騒を離れて静かな時間を山で過ごしたいと考える登山者にとって、御正体山は有力な候補地になるはずです。

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