七面山の登山では、身延町側から早川町の角瀬・羽衣へ抜けて表参道に入るのが最も一般的なルートです。表参道は一丁目から五十丁目までの丁目石をたどる古くからの登詣道で、羽衣の登山口から山頂近くの敬慎院までおよそ3時間30分から4時間かかります。日蓮宗の聖地として知られる七面山は、単なる登山コースではなく、江戸時代から続く信仰の道でもあります。この記事では、表参道のルート、敬慎院での参籠、アクセス、装備の注意点まで、実際に登る前に知っておきたい情報をまとめます。

七面山は身延山地にある標高1982メートルの信仰の山
七面山は、山梨県南巨摩郡早川町と身延町にまたがる標高1982メートルの山です。身延山地に属し、標高1153メートルの身延山の西方に位置しています。日本二百名山の一座に数えられる一方で、日蓮宗の総本山である身延山久遠寺と深い縁で結ばれた信仰の山として、古くから多くの参拝者を集めてきました。
日蓮聖人が文永11年(1274年)に身延山へ入山して以来、身延山とともに法華経信仰の聖地とされてきた歴史があります。山名の由来である「七面」は、山中に祀られる七面大明神、別名七面天女に由来します。山頂近くには身延山久遠寺に属する敬慎院があり、七面大明神を祀るこの寺院を目指して、今も年間を通じて多くの登詣者が表参道を登っています。
表参道には一丁目から五十丁目までの丁目石が等間隔に設置されていて、登詣者は今どのあたりを歩いているかを目安にしながら登れます。道中には江戸時代に開かれた宿坊や休憩所も複数残っていて、茶屋として参拝者に水や茶を提供してきました。七面山の登山は、宗教的な巡礼の作法を色濃く受け継いだ行為だといえます。
七面大明神は日蓮聖人の前に龍の姿で現れたと伝わる女神
七面山が法華経信仰の聖地となった由来には、日蓮聖人にまつわる伝説が伝えられています。建治3年(1277年)9月、日蓮聖人が身延山中の妙石坊にある高座石という大きな石に座って信者たちに説法をしていたとき、一人の美しい婦人が熱心に聴聞していました。日蓮聖人がその婦人に本当の姿を見せるよう促すと、婦人はたちまち紅色の龍の姿に変わりました。そして「私は七面山に住む七面大明神です。身延山の裏鬼門をおさえて、身延一帯を守っております」と告げ、七面山の山頂の方角へ飛び去っていったといいます。
この伝説にちなんで、七面大明神は法華経を守護する女神として、日蓮宗系の寺院で篤く信仰されるようになりました。その本地については、吉祥天または弁財天であるとする説が広く知られています。
七面山山頂付近に祀堂が建てられたのは、日蓮聖人の入滅後のことです。日蓮聖人は弘安5年(1282年)に入滅しましたが、その15年後にあたる永仁5年(1297年)9月19日、日蓮聖人の高弟である六老僧の一人・日朗上人と、身延山を日蓮聖人に寄進した地頭・南部実長公が七面山登山を果たし、七面大明神を祀りました。この出来事により日朗上人は七面山敬慎院の開祖とされ、9月19日は開創の日として、現在も毎年大祭が営まれています。
南部実長は甲斐源氏の一族・南部光行の三男として生まれ、父から甲斐国巨摩郡の波木井郷、現在の身延町梅平一帯を割譲されて地頭職を務めていた人物です。文永6年(1269年)頃、鎌倉での日蓮聖人の辻説法に深く感銘を受けて帰依し、佐渡流罪を解かれた日蓮聖人を波木井郷へ招き入れ、身延山開山を実現させました。実長自身も後に出家して日円上人と号し、日朗上人とともに七面山登拝を果たしています。身延山開山の最大の外護者が、七面山登拝の当事者でもあったわけです。
女人禁制が解かれたのは寛永17年の水ごり登頂がきっかけ
七面山はかつて女人禁制の山でした。その禁が解かれたのは江戸時代のことです。寛永17年(1640年)、徳川家康の側室であった養珠院お万の方が、登拝口付近にある羽衣の白糸の滝で7日間にわたり水ごりを行って身を清め、女性として初めて七面山の登頂を果たしました。
お万の方は熱心な法華経の信徒で、南無妙法蓮華経を唱え法華経に帰依すれば誰でも成仏できるという女人成仏の思想を深く信じていました。女人成仏を説く法華経を守護する七面天女の御山に、法華経を信じる女人が登れぬはずはない、という強い信念のもとに登頂を果たしたと伝えられます。この登拝を契機に女人禁制は解かれ、以後、七面大明神の霊験がますます広く知られるようになり、登詣者は大きく増加したとされています。お万の方は七面山女人踏み分けの祖とも称えられ、その功績を讃えて白糸の滝のかたわらには銅像が建立されています。
表参道は角瀬から羽衣を経て敬慎院まで4時間ほどの道のり
七面山への登詣ルートは複数ありますが、もっとも参拝者が多く利用するのが表参道です。早川沿いの角瀬から入り、羽衣の登山口を経て、一丁目から五十丁目の丁目石をたどりながら敬慎院を目指します。
登山口となる羽衣橋の対岸には、前述した白糸の滝があります。かつて女人禁制解禁のきっかけとなった水ごりの地として知られる場所です。ここから表参道の登りが始まり、山頂に近い平坦地にある敬慎院、標高約1700メートルまでは、一般的に3時間30分から4時間程度かかります。健脚な人でも3時間程度はみておく必要があり、標準的なペースなら4時間から5時間かかることもあります。
登り始めてすぐの二丁目にある神力坊では、無料で木の杖を借りられます。長時間にわたるつづら折りの登りでは、この杖が足腰への負担を大きく軽減してくれるので、手ぶらで登山口に着いた場合でも安心して利用したいところです。下山時には借りた場所、あるいは指定の返却場所に戻すのがマナーとされています。
表参道沿いには、丁目石とあわせて江戸時代に開かれた宿坊・休憩所が点在しています。
| 丁目 | 名称 | 開創 |
|---|---|---|
| 二丁目 | 神力坊 | 杖の無料貸し出しあり |
| 十三丁目 | 肝心坊 | 天明2年(1782年)、日行法師 |
| 二十三丁目 | 中適坊 | 享保8年(1723年)、蓮信法師 |
| 三十六丁目 | 晴雲坊 | 文化元年(1804年) |
肝心坊は天明2年(1782年)に日行法師によって開かれ、中適坊は享保8年(1723年)に蓮信法師によって開かれたと伝わります。晴雲坊は文化元年(1804年)に善心日修法師によって開かれ、夏でも小鳥のさえずりが聞こえ、富士山を望める休憩所として知られています。これらの宿坊や茶屋では登詣者に水や茶が振る舞われ、長い登りの合間の貴重な休息地点となってきました。丁目石と旧跡をたどりながら登ることで、江戸時代から続く登詣の歴史を体感できます。
五十丁目に到達すると、いよいよ敬慎院の境内です。表参道の最後は随身門、和光門をくぐって境内に入る構成になっていて、この門から先は聖域とされ、肉や魚、卵、乳製品を口にすることが禁じられている精進の場となります。
講中の団体登拝は5月連休明けから11月末の土日に多い
表参道を歩いていると、白い行衣に身を包んだ信徒の団体、いわゆる講中の登拝の列に出会うことがあります。毎年5月の連休明けから11月末頃までの土日を中心に、各地の講中が百人規模の団体を組んで表参道を登っていて、多い時期には登り下りを合わせて千人規模、四百名を超える大団体が列をなすこともあるといいます。白装束をまとった講中の人々が南無妙法蓮華経と唱えながら一丁ごとに登っていく光景は、七面山が今なお生きた信仰の山であることを物語っています。個人で訪れる登山者にとっても、こうした講中の列に出会うことは、数百年にわたって受け継がれてきた登詣文化の現場に立ち会う貴重な体験になるはずです。
敬慎院の宿坊は一泊二食6500円程度で精進料理が出る
敬慎院は身延山久遠寺に属する寺院で、七面山の山頂近く、標高約1700メートルの平坦地にあります。身延山の裏鬼門を守護する鎮守神として七面大明神が祀られていて、登詣者はここで御開扉式や朝夕の勤行に参加できます。
敬慎院の境内には、七面大明神を祀る七面山本社を中心に、池大神社、願満社、参籠殿などの諸堂が配置されていて、約千人の信徒が一度に宿泊できる大規模な参籠殿を備えています。宿泊料金の目安は一泊二食でおよそ6500円程度とされ、夕食は午後5時頃に供されます。夕食・朝食ともに精進料理で、肉や魚、卵、乳製品を用いない食事は、和光門をくぐった先が仏道修行の場であることを象徴しています。
敬慎院で多くの参拝者が心待ちにしているのが御来光です。春分・秋分の日前後には、随身門を通して差し込む太陽の光が境内の一の池を照らす神秘的な現象が見られることで知られていて、この時期には特に多くの参拝者が敬慎院を訪れます。敬慎院からの眺望は富士山の展望地としても名高く、遥拝所からは雲海越しに富士山を望む景色が広がります。この遥拝所から見る富士山は、周囲の木々や建物が額縁のように富士山を縁取ることから「額縁富士」と呼ばれ親しまれています。御来光と額縁富士の組み合わせは、苦しい登りを経てたどり着いた者だけが目にできる、七面山ならではの絶景として多くの登山者や参拝者の記憶に残っています。
敬慎院の本尊である七面大明神像は、古くは元旦と大祭の日にのみ開帳される秘仏でしたが、遠方から訪れる登詣者の強い願いを受けて、現在では希望に応じて随時御開扉が行われています。参拝者は内陣に入り、本尊と対面する機会を得られます。毎年9月18日から19日にかけては七面大明神の御開創にちなむ七面山大祭が営まれ、提灯を献じる夜間の行事や大祭前日の宵祭り、通夜説法、19日早朝の本祭りまで、多彩な行事が続きます。境内は全国から集う信徒で賑わい、山中の宿坊もこの時期は多くの参籠者で埋まります。
一の池は直径150メートルで一度も涸れたことがないと伝わる
敬慎院の裏手には一の池と呼ばれる大きな池があります。直径は約150メートルにも及び、古来より一度も涸れたことがないと伝えられています。六老僧の一人・日朗上人が七面山に初めて登った際、七面大明神が龍の姿でこの池に現れ、一行を出迎えたという伝説が残ります。春分・秋分の頃に随身門を通して朝日が差し込むのも、この一の池に向けての現象です。
本社から右手の道を進むと二の池に至ります。一の池に比べると規模は小さいものの、シラビソやツガ、トウヒ、カラマツといった針葉樹の巨木に囲まれ、一の池とはまた異なる静けさを漂わせています。七面山には七つの池があるという伝承もありますが、確認されているのは一の池・二の池までで、残る池の所在ははっきりしないとされます。雨の日にしか現れない池もあるといわれ、七ツ池を見た者は目が潰れるという言い伝えも残っています。
奥之院には影嚮石と呼ばれる巨大な岩があります。日朗上人一行が初めて七面山に登った際、七面大明神がこの岩の上に姿を現して一行を迎え入れたとされ、神仏が姿を現すことを意味する影嚮にちなんで名づけられました。注連縄が巻かれたこの岩の周りを唱題をしながら七回まわると御利益があるとも伝えられていて、表参道からの参拝にあわせて奥之院まで足を延ばす価値がある史跡です。
山頂と希望峰への縦走は敬慎院から11時間ほどの健脚向けコース
敬慎院からさらに足を延ばすと、七面山の山頂に至ります。山頂の標高は1989メートルで、敬慎院からの標高差はわずかですが、樹林に囲まれた山頂は展望に乏しく、敬慎院前の遥拝所ほどの眺めは得られません。健脚な人は、山頂からさらに西へ縦走し、標高1980メートル前後の希望峰まで足を延ばすルートを選ぶこともあります。敬慎院から希望峰、奥之院までを結ぶ縦走を含めると、行程全体で11時間ほどかかる健脚向けのコースになりますが、危険箇所の少ない歩きやすい稜線が続くとされ、体力と時間に余裕のある登山者に人気があります。
敬慎院からさらに奥之院方面へ進んだ裏参道の四十丁目付近には、山梨県指定天然記念物の七面山の大イチイがあります。イチイ科の巨木で別名をアララギといい、樹高約21メートル、幹周5.9メートルという堂々とした姿です。標高約1500メートルの春木川の谷を望む斜面に立ち、長い年月を生き抜いてきたその姿は、信仰の山としての七面山の奥深さを物語っています。表参道から敬慎院に参拝したのち、時間に余裕があれば奥之院と大イチイまで足を延ばすプランも検討する価値があります。
七面山表参道の登山口へ向かう道中には赤沢宿と呼ばれる集落もあります。赤沢は中世の頃から、聖地・身延山と霊場・七面山を結ぶ参道の宿場として発展してきた歴史を持ち、平成5年(1993年)には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。石畳の坂道に沿って講中宿と呼ばれる独特の宿坊建築が今も軒を連ねていて、往時の参詣文化の面影を色濃く残す集落として知られています。
アクセスは身延駅からバスで角瀬へ、羽衣まで徒歩40分
七面山表参道登山口への公共交通機関でのアクセスは、JR身延線の身延駅が起点になります。身延駅から早川町乗合バス、奈良田温泉方面行きに乗車し、七面山登山口バス停、角瀬で下車します。乗車時間は約40分から47分、運賃は600円程度です。登山用リュックなど大きな荷物を持ち込む場合は、手回り品として別途200円が必要になる場合があります。
角瀬のバス停から表参道入口の羽衣までは、春木川沿いの道を徒歩で約40分、あるいはタクシーを利用すれば約10分で到着します。下部温泉駅からタクシーを利用して羽衣まで向かう方法もあり、所要時間は約30分程度です。マイカーを利用する場合は、角瀬のバス停から川沿いの車道を約3キロメートル直進した先に、広い駐車場が用意されています。
日帰りで敬慎院まで登詣し下山する計画を立てる場合、表参道の登りに3時間30分から4時間程度かかることを踏まえ、午前中、遅くとも13時台には登山口を出発できるよう、バスの時刻を確認しておくことが重要です。バスの本数は多くないため、事前に早川町の公式情報で最新の時刻表を確認したほうがよいでしょう。身延駅始発のバスの時間帯によっては、始発便に乗っても午前中の早い時間に登山口へ到着できない場合があり、そうしたケースでは身延町や下部温泉での前泊を検討すると計画に余裕が生まれます。下部温泉は武田信玄の隠し湯としても知られる古湯で、七面山登詣の前後に疲れを癒すのに適した立地です。
標高差1500メートルの表参道は中級から中上級者向け
表参道は整備された参道ですが、標高差は羽衣から敬慎院まで約1500メートルに達し、体力的には中級から中上級者向けのコースとされます。全行程での所要時間の目安は往復で6時間30分から10時間程度で、登山経験が少ない場合は事前に高尾山など比較的険しいコースで足慣らしをしておくことが勧められます。普段登山をしない人が挑戦する場合、登りだけで6時間程度かかることもあるため、無理のない計画を立てることが大切です。
表参道を実際に歩いた登山者の記録を見ると、苦行という言葉がしばしば使われます。急峻な岩場や鎖場のような危険箇所はほとんどないものの、つづら折りの登山道がひたすら続き、常に同じ筋肉や関節に負担がかかり続けるため、体力に自信のある人でも脚が重くなるという声が多いようです。敬慎院までの区間には際立った急登はないとされる一方で、一定の傾斜が延々と続く単調さゆえに、精神的な修行感が強いと語る登山者も少なくありません。敬慎院から先、五十丁目を過ぎて山頂へ向かう区間のほうが道が険しく感じられるという体験談もあります。表参道は技術的な難しさよりも、長時間にわたって一定のペースで登り続ける持久力と精神力が試されるコースだといえそうです。
登山適期は4月上旬から11月上旬とされます。ゴールデンウィークの頃までは残雪や降雪の可能性があり、積雪期にはアイゼンなど冬山装備が必要になる場合もあります。雪が融けたあとに再び凍結してアイスバーンになることもあり、滑落などの事故には注意が必要です。無雪期であっても山の天候は変わりやすいため、雨具は必携です。
服装は、登山靴、動きやすく速乾性のある登山用ウェア、防寒着、雨具を基本とします。敬慎院は標高1700メートルを超えるため、平地より気温がかなり低くなります。持ち物としては、飲料水、行動食、タオル、ヘッドライト、防寒具、地図やコースガイドなどが挙げられます。表参道沿いには休憩所がありますが、水量には限りがあるため各自で十分な量を持参したほうが安心です。
道中の設備についても事前に把握しておきたいところです。羽衣の登山口駐車場にはトイレと公衆電話が設置されていて、表参道の中間地点にあたる二十三丁目の中適坊でもトイレと飲用可能な水を利用できます。それ以外の区間では給水できる場所が限られるため、各自での水分携行が基本になります。暖かい時期には山中で熊が目撃されることもあるとされ、熊鈴を携行するなど野生動物への対策も心がけたいところです。冬季は熊が冬眠期に入るため遭遇の可能性は下がりますが、その分積雪への備えが必要になります。山中は携帯電話の電波が届きにくい区間も多いため、緊急連絡手段については過信せず、登山計画をあらかじめ家族や知人と共有しておくとよいでしょう。信仰の山であることから、敬慎院の宿坊に宿泊する場合は、通常の登山装備に加えて宿泊用の着替えや洗面用具なども必要です。和光門から先は精進の場なので、肉や魚、卵、乳製品を含む食品の持ち込みは控えるのがマナーとされています。
身延山ロープウェイと組み合わせた両山参りが古くからの参拝の形
七面山登詣の拠点となる身延町には総本山・身延山久遠寺があり、七面山とセットで参拝する巡礼者も多くいます。身延山とは身延山ロープウェイで結ばれた身延山山頂の奥之院思親閣もあり、七面山とあわせて身延山・七面山両山参りとして巡拝する信仰の形も古くから伝えられています。
身延山側には、山麓の久遠寺駅と山頂の奥之院駅を結ぶ身延山ロープウェイがあります。全長1665メートル、高低差は関東一とされる763メートルを、わずか約7分で結んでいます。ロープウェイを利用すれば、身延山山頂に建つ奥之院思親閣まで手軽に参拝でき、体力に応じて奥之院参道の東コースを徒歩で登ることも可能です。十如坊や丈六堂、大光坊を経由するこのコースは、上りでおよそ2時間30分かかります。身延山と七面山の双方に参拝する両山参りは、日蓮宗信徒にとって古くからの伝統的な巡拝の形であり、身延山久遠寺の壮麗な伽藍と、七面山表参道・敬慎院の静謐な信仰空間を一度の旅程で体験できる点が大きな魅力です。
登山口へのアクセス途中に位置する早川町は、南アルプスの懐に抱かれた日本一人口の少ない町としても知られ、白糸の滝をはじめとする自然景観や、地域の観光協会が発信する情報も充実しています。表参道の登山口周辺には宿泊施設や飲食店が多くないため、前泊や後泊を検討する場合は身延町や下部温泉エリアの宿を利用するのが一般的です。
日帰りは早朝出発、一泊二日なら敬慎院で御来光を待てる
日帰りで表参道を往復する場合の一般的なプランは、早朝に身延駅または最寄りの宿泊地を出発し、バスまたはタクシーで角瀬・羽衣の登山口へ向かい、午前中のうちに登り始めるというものです。羽衣から敬慎院まで3時間30分から4時間程度、参拝と休憩を挟んで下山にも同程度の時間がかかることを考えると、日帰りの場合は早朝出発が望ましいといえます。
敬慎院での宿坊参籠を組み込んだ一泊二日のプランも人気があります。初日に表参道を登り敬慎院に宿泊し、夕方の勤行や精進料理を体験したのち、翌朝は春分・秋分の頃であれば随身門から差し込む御来光を、それ以外の時期であっても遥拝所からの雲海と富士山の眺望を楽しみ、勤行に参加してから下山するという行程です。この一泊二日のプランであれば体力的な負担を分散できるほか、七面山ならではの宗教的な時間の流れをじっくりと味わえます。
七面山は信仰の山であると同時に、四季を通じて自然の変化を楽しめる山でもあります。春には新緑とともにシャクナゲやアケボノツツジが咲き、登山道を彩ります。秋には山肌が紅葉に染まり、身延山地の山並み越しに富士山を望む景観は一段と趣を増します。晩秋から初冬にかけては、落ち葉を踏みしめながら静かな稜線歩きを楽しむのに適した季節ともいわれ、空気が澄むぶん、富士山や雲海の眺望がより一層鮮明になります。積雪期には防寒や滑り止め対策が不可欠なので、登山適期とされる4月上旬から11月上旬以外の時期に訪れる場合は、事前に最新の積雪・気象情報を確認したうえで、経験者同行のもと計画したほうがよいでしょう。
七面山は、日蓮聖人にまつわる伝説、七面大明神信仰、女人禁制解禁の歴史、そして江戸時代から続く表参道の丁目石と宿坊群など、幾重にも重なる信仰の歴史を今に伝える山です。表参道を一丁目から五十丁目まで丹念にたどり、敬慎院で精進料理をいただき、御来光や雲海越しの富士山を拝むという体験は、身延町・早川町エリアへのアクセスや登山適期、装備をしっかりと事前に確認したうえで臨みたいものです。








