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爺ヶ岳に登る代表的なルートは、長野県大町市の扇沢から柏原新道をたどるコースです。柏原新道を登り切った稜線の上、標高2455メートルの地点には種池山荘があり、泊まる場合はここを拠点に山頂を目指します。
爺ヶ岳は北アルプスの後立山連峰に属し、山頂の近くはハイマツなどの背の低い木が中心で、視界をさえぎるものが少なく、正面に鹿島槍ヶ岳を、遠くに立山や剱岳を眺めながら歩けます。晴れた日には槍ヶ岳や穂高連峰、富士山まで見えたという記録もあります。
一方で、柏原新道は登山口から種池山荘まで大きな標高差を一気に稼ぐ道です。北アルプスの中では登りやすいほうに数えられますが、鎖場やはしごのある箇所も通るため、ある程度の登山経験は欠かせません。扇沢の駐車場は早朝に満車になる日もありますし、長野県では登山計画書の提出も求められています。

爺ヶ岳は標高2670メートル、三つのピークを持つ後立山連峰の山
爺ヶ岳(じいがたけ)は、長野県大町市と富山県中新川郡立山町の境にそびえる、標高2670メートルの山です。頂上は南峰、中峰、北峰の三つのピークに分かれていて、いちばん高いのは2670メートルの中峰です。日本三百名山のひとつにも選ばれています。
日本三百名山は日本山岳会が1978年に選んだ300座
日本三百名山とは、日本山岳会が1978年(昭和53年)に選んだ300の山を指します。もとになったのは深田久弥の日本百名山で、そこに200山を足して300座としました。
日本百名山は、文筆家であり登山家でもあった深田久弥が、自分で登った山の中から基準を設けて100座を選んだものです。1964年に同じ名前の本として世に出ました。
後立山連峰の盟主、鹿島槍ヶ岳と稜線でつながる
後立山連峰は、北アルプス(飛騨山脈)の一部を占める山並みです。
爺ヶ岳から北へ延びる稜線の先に立つのが鹿島槍ヶ岳です。標高2889メートルの南峰と2842メートルの北峰が並ぶ双耳峰、つまり頂が二つある山で、形の美しさから後立山連峰の盟主と呼ばれています。日本百名山と花の百名山の両方に名を連ねる山でもあります。歩いた人の記録を見ると、北峰へ渡る吊り尾根を除けば危ない場所は少なく、歩きやすい山だと書かれていました。
爺ヶ岳の名前は春に現れる「種まき爺さん」の雪形から
爺ヶ岳という名前は、雪解けの季節に山肌へ浮かぶ雪形が由来とされています。南峰と中峰のあいだにある白沢に雪が残ると、種をまくお爺さんの姿に見えるのです。昔の人はこの姿を農作業を始める合図にしていたといいます。大きな種まき爺さんがよく見えるのは、5月初旬から6月初旬にかけてです。
南峰の西側には「種池」という名前の池塘があります。お爺さんがまく種を浸けておく池、という意味でこう呼ばれるようになったそうです。そのほとりに建っているのが、柏原新道の終点にあたる種池山荘です。
雪形は爺ヶ岳だけのものではありません。隣の鹿島槍ヶ岳には、駆け下りようとする獅子と、伸び上がって飛び立とうとする鶴が向き合う雪形があります。残雪の模様に名前をつける風習はずっと昔からありましたが、それらに「雪形」という呼び名がついたのは20世紀に入ってからだという説明もあります。
池塘は高層湿原にできる小さな池
池塘(ちとう)とは、高層湿原の中に生まれる小さな水たまりや沼を指します。植物が枯れて分解されきらずに積み重なると泥炭になり、湿原の表面にでこぼこが生まれます。くぼみに雨水や雪解け水がたまり、周りの泥炭だけが育っていくと、取り残された場所が円形や楕円形の水たまりになります。
高層湿原は、泥炭がまわりの地面より高く盛り上がった湿原で、地下水ではなく雨水だけで保たれています。そのため土の栄養分は少ないとされます。ほかの地域の例を挙げると、標高1880メートルに広がる志賀高原の四十八池湿原では60以上の池塘が散らばり、尾瀬ヶ原には約1800個の池塘があるといわれています。
登山口は大町市の扇沢、JR信濃大町駅からバスで約40分
柏原新道の登山口は、大町市の扇沢にあります。扇沢は立山黒部アルペンルートの長野県側の入口でもあります。黒部ダムへ通じる関電トンネルでは2019年4月に車両がトロリーバスから電気バスに切り替わり、引退したトロリーバスは扇沢駅の隣の「扇沢トロバス記念館」に保存されています。
電車とバス、車での行き方
電車を使う場合は、JR信濃大町駅でアルピコ交通バスか北アルプス交通バスの扇沢行きに乗ります。終点の扇沢までの所要時間は約40分です。JR長野駅から扇沢駅へ直接向かう特急バスも走っています。
車なら、長野自動車道の安曇野ICで降り、北アルプスパノラマロード、県道45号、国道147号を通って扇沢駅を目指します。距離は約41キロで、1時間ほどで着きます。
扇沢の無料駐車場は約230台、朝6時に満車の記録も
扇沢駅の前には、有料駐車場が約350台分、大町市が管理する無料駐車場が約230台分あります。無料のほうは朝早くから埋まり始め、朝6時の段階で満車だったという登山記録もありました。満車のときは、駅前より下にある有料駐車場に停められることがあります。
登山口のすぐそばにも車を置ける場所があり、柏原新道登山口の前に8台ほど、扇沢の橋を渡った先に20台以上停められたという記録があります。ただし、こちらも早朝にはほとんど空きがなくなる日があります。
6月から10月にかけては黒部ダムの観光放水が行われるため、扇沢駅前の道路も駐車場も乗り物も混み合います。紅葉シーズンに入った2026年10月には、柏原新道登山口で停められる台数が大きく減っていると山行情報で案内されていました。
扇沢の第2駐車場から歩く場合は、車道をゆるく下り、橋を渡って登山口に着くまで約10分から15分かかります。登山口には登山届を出せる場所が用意されています。
柏原新道は種池山荘の2代目オーナーが自ら切り拓いた道
柏原新道を開いたのは、種池山荘の2代目オーナー、柏原正泰氏です。柏原氏は昭和30年代後半から昭和41年頃までの期間に、自分の手でこの登山道を切り拓いたと、種池山荘の公式サイトが紹介しています。
柏原氏は令和3年に亡くなりました。いまは3代目オーナーの柏原一正氏が、山荘で働くスタッフと一緒に道の手入れを続けています。
柏原新道はケルンまでが急登、その先は水平道から種池山荘へ
柏原新道は、前半と後半で表情がはっきり変わる道です。登山口からケルンまでは傾斜がきつく、樹林帯の中をジグザグに折り返す九十九折りが続きます。
ケルンの先は水平道を通って種池山荘へ向かいます。ケルンから種池山荘までは名前のついた地点が次々に現れるので、ハイキングのような気分で登れたと書いている人もいました。種池山荘の近くまで来ると稜線に出て、それまで木々に隠れていた景色が一気に広がります。
道全体は比較的よく整備されています。ただし油断できない箇所もあります。石畳になっている部分は、雨のあとや朝露で濡れると足を取られやすくなります。ケルンのあたりでは崖側が崩れかけているという注意も出ていました。
ケルンは道しるべとして積まれた石の山
ケルンとは、山頂や登山道で石を円錐の形に積んだものを呼ぶ登山用語で、英語のcairnにあたります。言葉のもとは、スコットランド・ゲール語で「石の山」を意味する語だとされています。
迷いやすい場所で正しい方向を示す道標として積まれるほか、測量の目印にしたり、山で亡くなった人を慰霊したりする目的でも作られます。記念に石を積みたくなる人もいますが、勝手に積んだ石は後から来る登山者を迷わせたり、自然を傷めたりするおそれがあります。むやみに積まないよう呼びかけられているのはそのためです。
初夏は雪渓のトラバースが1か所、軽アイゼンは爪4〜6本
雪渓とは、夏になっても谷や斜面に消えずに残っている雪のことです。柏原新道では、初夏に雪渓を斜めに横切る、つまりトラバースする場所が1か所あると報告されています。ここで滑り落ちると危険です。
雪渓で怖いのは、雪が深いことよりも、斜面の角度と滑落です。白馬大雪渓を例に取ると、上のほうは傾斜が急で、ピッケルやアイゼンを使いこなせなければ非常に危ないとされています。視界が悪い日は道に迷いやすく、見えない上部から落ちてくる石にも気を配らなければなりません。
滑り止めの道具には段階があります。軽アイゼンは爪が4〜6本の簡易的なもので、低い山や傾斜のゆるい道、夏の雪渓を歩く場面に向いています。爪が10〜14本のアイゼンは、急な雪の斜面や凍ったアイスバーンで使うものです。どちらも、ザックに入れておくだけでは足りません。着け方や歩き方に慣れておいて、はじめて役に立ちます。
扇沢から種池山荘までは3時間強が目安
2008年の登山記録では、扇沢から種池山荘まで3時間強でした。標高1340メートルの扇沢橋の駐車場を5時40分に出て、6時35分にケルン、水平道を通って8時50分に種池山荘へ到着しています。そこで休憩を取り、爺ヶ岳南峰に着いたのは10時15分でした。
ここに挙げる時間は個人の記録で、休憩を含んでいるものもあります。
YAMAPのモデルコースでは、扇沢から柏原新道、爺ヶ岳、布引山を経て鹿島槍ヶ岳を往復すると、距離は22.5キロ、登りの累積標高は2507メートル、標準タイムは14時間43分と算出されています。この往復を日帰りで歩き切れるのは、よほど脚力のある人だけです。途中の山小屋で一泊する計画を立てるほうが現実的です。
標準コースタイムに休憩時間は入っていない
標準コースタイムとは、登山地図に載る歩行時間の目安で、休憩の時間は差し引かれています。「山と高原地図」をつくっている昭文社は、普通の天気の中で一般的な登山者が実際に歩く時間に、少しだけ余裕を足したものだと説明しています。
そのため計画を立てるときは、地図の時間に加えて、山頂でゆっくりする時間、行動食をとる時間、服を着たり脱いだりする時間を別に見込んでおく必要があります。
累積標高は登った分をすべて足した数字
累積標高とは、登山中に登った区間の高さをすべて合計した値です。山の標高や、登山口と山頂との標高差とは意味が違います。途中でいったん下って登り返せば、その登りも足し算に加わります。
体力の負担を見積もる目安として便利ですが、地図アプリや腕時計型の機器がGPSの高度データや気圧をもとに計算しているため、機器や設定によって数字がずれることがあります。
山小屋泊の拠点は標高2455メートルの種池山荘
種池山荘は、爺ヶ岳の西側に延びる稜線の上、標高2455メートルの場所にある山小屋です。柏原新道の登りが終わる地点に位置し、爺ヶ岳を目指す人の拠点として使われています。名物は手作りのピザで、ときおりピザ祭りも開かれています。
ここに泊まる計画の良さは、行程にゆとりを持たせられることです。初日は扇沢から種池山荘までの登りだけを考えればよく、2日目の朝は澄んだ空気の中で、爺ヶ岳の山頂や、さらに先の鹿島槍ヶ岳へ出発できます。
冷池山荘まで縦走すれば鹿島槍ヶ岳がぐっと近づく
種池山荘から稜線を北へたどると、爺ヶ岳南峰を越えて冷池山荘に着きます。冷池山荘は、爺ヶ岳と鹿島槍ヶ岳のあいだに建つ山小屋です。2026年シーズンの営業は10月17日まででした。
逆向きに歩いた記録もあります。冷池山荘を11時21分に出発し、赤岩尾根分岐(冷乗越)と爺ヶ岳南峰を通って、種池山荘には13時50分に到着しました。途中で30分休んでいるので、歩いた時間は約2時間です。爺ヶ岳を越える区間の目安になりますが、休憩の取り方や体力によって大きく変わります。
種池山荘に泊まらず、そのまま爺ヶ岳を越え、冷池山荘も過ぎて鹿島槍ヶ岳の山頂まで進む人もいます。爺ヶ岳から先は、空の上を散歩するような稜線歩きが続きます。
赤岩尾根と冷乗越は雪がつくと滑りやすい
爺ヶ岳の東側には、大谷原から赤岩尾根を登り、冷乗越(赤岩尾根分岐)で稜線に出る道もあります。大谷原から歩き始めて一周する計画は、標準タイムが17時間10分(山と溪谷)におよぶ長い行程です。
冷乗越の手前のトラバース道は、幅が狭く石がゴロゴロしていて、一部に鎖がかかっています。雪がつくと、とくに下りで滑りやすくなるという記録がありました。赤岩尾根の上部には、このルートの核心となるトラバースがあり、新しい雪が積もっていたために引き返した例も報告されています。
長野県では北アルプスに入る前に登山計画書を出す
長野県は登山安全条例を定めていて、北アルプスなどの山域に入る人には登山計画書の提出を求めています。提出の方法は、県のホームページからの電子申請、郵送、持参、登山口の登山ポストへの投函などです。なかでもインターネットからの提出は手軽で、おすすめの方法とされています。
登山計画書は、遭難したときに捜索の手がかりになるため、出すよう勧められています。どこへ出すかは山域を管轄する自治体ごとに異なります。長野県の手続きについての問い合わせ先は、長野県観光部山岳高原観光課です。
コンパスなら同行者や家族にも一度に共有できる
コンパスは、公益社団法人日本山岳ガイド協会の管理と運営による、登山届の受け付けシステムです。長野県への登山計画書も、山と自然ネットワーク「コンパス」で受け付けています。インターネット上の地図でルートを描いてそのまま提出でき、同行者や家族、友人など、計画を知らせておきたい複数の相手へまとめて送ることもできます。警察に提出する方法もあります。
岐阜県の一部エリアは提出が義務、怠ると5万円以下の過料
隣の岐阜県は、北アルプスのうち一部のエリアについて登山届を必ず出すよう定めています。出さなかった場合や、うその内容で届け出た場合には、5万円以下の過料が科されます。全国の条例を見渡すと、登山届の提出は努力義務として定めているものが大半です。
紅葉の時期は柏原新道の中間帯から色づき、防寒は必須
秋になると、柏原新道は中間あたりの標高から色づき始めます。2026年10月7日の時点で、防寒対策は必須と案内されていました。
山小屋の営業期間は年ごとに変わります。営業が終わる直前や直後の時期には、天気が急に崩れることもあります。出かける前に、泊まる予定の山小屋へ直接問い合わせ、その年の営業状況を確認しておくことが大切です。
扇沢から柏原新道を登り、種池山荘を拠点に爺ヶ岳へ
爺ヶ岳へは、大町市の扇沢から柏原新道を登り、標高2455メートルの種池山荘に泊まって山頂を目指す計画が代表的です。登山口から種池山荘までは3時間強が目安です。ケルンまでの急登と初夏の雪渓トラバースを越えて稜線に出れば、翌日は鹿島槍ヶ岳を正面に見ながら歩けます。
扇沢の無料駐車場は早朝に埋まることがあります。出発前には、長野県への登山計画書の提出と、山小屋の営業状況の確認が欠かせません。








