このページにはAI画像を使用しています。
八王子市と相模原市緑区の境に立つ景信山(かげのぶやま)は、標高727.3メートルの低山です。小仏バス停から歩いて1時間から1時間半ほどで山頂に着きます。ただし冬の景信山は、チェーンスパイクか軽アイゼンを持って登る山と考えてください。
寒い時期の楽しみは、山頂の眺めと温かい汁物です。高尾エリアには、なめこ汁を出す茶屋が複数あります。景信山の山頂には茶屋が2軒あり、景信茶屋青木にはなめこそばを目当てに登るハイカーの記録があります。晴れた日は富士山から筑波山まで視界に入ります。

景信山は高尾山と陣馬山をつなぐ尾根の途中にある
東京都と神奈川県を分ける都県界尾根の上、武相国境に景信山はあります。尾根は西の陣馬山と南東の高尾山へ延びていて、2つの山を結ぶ奥高尾縦走路の中ほどにあたる位置です。
武相国境とは、旧国名でいう武蔵国と相模国の境界のことで、今の東京都と神奈川県の境に重なります。山あいで甲斐、武蔵、相模の三国が接する一帯は甲武相国境といい、戦国時代はここが後北条氏と武田氏の勢力の境界でした。
山頂の広場からは東京湾や筑波山まで見渡せる
頂上は広場になっていて、テーブルとイスがたくさんあるため、週末は多くの登山者でにぎわいます。
晴れていれば関東平野が一望でき、相模湖のほうへ目を向けると富士山が見えます。東京都心や東京湾、横浜港方面まで視界が開け、スカイツリーや東京タワー、遠くは筑波山まで目に入る日もありますよ。
冬の景信山は登山口付近や日陰の道が凍りやすく、滑り止めを持って登る
冬に登るなら、チェーンスパイクか軽アイゼンをザックに入れてください。凍りやすいのは登山口の付近と、日の当たらない登山道です。
2026年1月3日に景信山から高尾山へ歩いた登山者の記録では、登山口に着く前から道が凍結していました。山頂のあたりは雪景色でした。すれ違った人のうち、チェーンスパイクを着けていたのは約2割だったそうです。
周辺の山も似た状況です。陣馬山では山頂直下の登山道が凍っていたとの報告があり、同じ山域の丹沢では、神奈川県のレンジャーが雪と凍結に備えて滑り止めの携帯を呼びかけています。
チェーンスパイクと軽アイゼンは雪の量と斜面で使い分ける
低山の積雪期のハイキングにはチェーンスパイク、傾斜が増す場所や凍った場所には軽アイゼン。これが一般的な分け方です。どちらも登山靴に付ける滑り止めで、違いは次の表のとおりです。
| 道具 | 爪のつくり | 向いている場面 | 弱点 |
|---|---|---|---|
| チェーンスパイク | 小さな爪が鎖状につながる | 雪の少ない道、岩場が混じるコース | 深い雪には不向き |
| 軽アイゼン | 4本爪か6本爪(簡易アイゼン、コンパクトアイゼンとも呼ぶ) | 緩やかな斜面 | 爪を留めるプレートの分だけ重くなりがち |
チェーンスパイクは着け外しが手早く、小さくしまえます。途中で外さずに歩き通せることが多いのも便利な点です。急斜面や森林限界より上の凍った斜面になると、どちらでも足りず、10本爪以上のアイゼンが必要になります。
服は山頂で休むときの冷えを基準に選ぶ
高尾山周辺の服選びで見るのは、動きやすいか、体温を調整しやすいか、安全かの3点です。高尾山でも標高は599メートルあり、街より高い分、冬は山頂で休んでいる間に体が冷えてきます。さっと羽織れるウインドブレーカーが1枚あると助かるでしょう。レインウェアと防寒具は、身を守るための装備として考えてください。
冬ならではの楽しみは霜柱とシモバシラ
森林ふれあい推進センターは、冬の魅力として霜柱、シモバシラ、富士山の眺めを挙げています。もっとも、シモバシラも富士山も、天気しだいで見られない日があります。
シモバシラという名前の多年草は、気温が氷点下まで下がると枯れ残りの茎から水がにじみ出て凍り、氷の花になります。高尾山では例年12月半ばから2月が見頃で、きれいな氷が見られるのは1月上旬までだそうです。
景信山の山頂には茶屋が2軒あり、なめこそばと野草天ぷらで知られる
山頂の茶屋は2軒で、両方に立ち寄るはしごができます。ただ、営業日も品書きも値段も変わることがあります。出かける前に確かめるか、飲み物と行動食を自分で持って登ると安心です。
景信茶屋青木は、天ぷらとなめこそばが登山者の記録に出てくる店です。過去の記録では天ぷらが400円、なめこそばが600円でしたが、今の値段とは違っている可能性があります。
かげ信小屋は週末に営業する店として知られ、休日にその場で揚げる野草天ぷらがサクサクだと評判です。電話で尋ねると不定休との案内で、平日は閉まっている日もあるようです。
なめこ汁は店ごとに味が違うので食べ比べができる
高尾エリアの人気の味といえば、高尾山の高尾そばと、なめこ汁です。なめこ汁は同じ山域の複数の茶屋で出していて、味は店によって違います。寒い時季なら、温かい汁物を比べて歩くのも楽しいものです。高尾山側では、もみじ台の細田屋の名前がなめこ汁の店として口コミに挙がります。
なめこの旬は9月から11月、ぬめりの正体はペクチン
なめこは一年を通して買えますが、旬は9月から11月ごろです。秋から冬の汁物の具としておなじみです。あのぬめりのもとは、水溶性食物繊維のペクチンだそうです。落としすぎないよう、洗うときは水で軽くすすぐ程度にとどめます。
成分は、可食部100グラムあたりでエネルギーが21キロカロリー、食物繊維が3.4グラム、カリウムが240ミリグラムです。
下山後の台所では、なめこ1袋とだし400ミリリットルで作れる
いちばん手軽なのは家庭向けのレシピです。100グラム入りのなめこ1袋を、400ミリリットルのだしに入れて2分ほど煮たら、仕上げに三つ葉を散らす作り方があります。味噌を入れる前なら、なめこの煮加減は好みでかまいません。
具を増やしたいときは、自治体が給食のレシピとして紹介している4人分の手順が参考になります。削り節でだしをとったら、軽く洗ったなめこと豆腐を煮て、わかめを加え、味噌を溶きます。煮立つ手前で火を止めれば完成です。豆腐を味噌のあとに入れると、すが立ちにくくなるという説もあります。
小仏バス停から山頂までは歩いて1時間から1時間半
電車とバスで景信山へ登るなら、起点は小仏バス停です。バスを降りてからの歩きは1時間から1時間半が目安で、初心者にも手軽な山という紹介も見かけます。
電車で向かう場合は、JRと京王電鉄の高尾駅で小仏行きの京王バスに乗り換え、約21分で小仏に着きます。帰りも同じ小仏バス停から京王バスを使い、高尾駅北口方面へ戻ります。帰りの所要時間は約30分と案内されています。
歩く区間は3つに分けて案内されていて、小仏峠入口までが約20分、次が約30分、山頂までの最後が約40分です。南東尾根を登っていくと途中に小下沢分岐があり、そこから上がいちばんつらいという声もあります。
車で行くなら、圏央道を高尾山ICで降りて約9.5キロメートル走った先に、小仏峠入口駐車場があります。無料で、停められるのは15台です。バスの時刻や駐車場の状況は変わるので、京王バスや八王子市観光課で最新の情報を確かめてから出発してください。
高尾山からの縦走は小仏城山を経由して各区間約1時間
もうひとつの登り方が、ケーブルカーの清滝駅から高尾山を経て景信山まで歩く縦走です。高尾山の山頂から先のコースタイムは次の表のとおりで、小仏バス停まで下りると合計およそ3時間になります。
| 区間 | 目安の時間 |
|---|---|
| 高尾山の山頂から小仏城山 | 約1時間 |
| 小仏城山から景信山 | 約1時間 |
| 景信山から小仏バス停 | 約1時間 |
このコースは初めての縦走登山にも向いているといわれ、小仏城山を過ぎると人が減るそうです。
途中の小仏城山は、高尾山から陣馬山方面へ進んだ先、小仏峠の手前のピークです。頂上には芝生の広場と城山茶屋があり、ここからも富士山を望めます。小仏峠に立つと相模湖方面の景色が広がり、景信山と小仏城山の間の区間には、東側に都心が見える場所もあります。
縦走は峰から峰へ尾根を歩く登山のスタイル
縦走(じゅうそう)とは、稜線、つまり峰と峰を結ぶ尾根筋を伝って複数の山を歩く登山のスタイルを指します。頂上に着いたら下りずに次の山へ向かうのがふつうで、高い山や難しい山だけのものではありません。同じ登山口へ戻っても、来たときと別の道を使うなら周回と呼び、縦走とは分けて扱います。
眺めのよさと、一度に複数のピークを踏めることが魅力です。そのぶん距離は延びやすく、長い時間歩ける体力と、変わりやすい山の天気への備えがいります。
景信山から陣馬山までは約9キロメートルから11キロメートル
堂所山を通って陣馬山へ抜ける場合、道のりは約9キロメートルから11キロメートルで、3時間から4時間半を見込んでおきます。山頂からのコースタイムを約3時間15分とするコースでは、累積の上りが約400メートル、下りが約800メートルになります。どの道を選ぶかで数字は動きます。
奥高尾縦走路の全線は約18キロメートルで約6時間15分
通しで歩くなら、京王線の高尾山口駅から高尾山と陣馬山を越え、陣馬高原下のバス停へ下りる形が一般的です。逆向きに歩く人も多くいます。標高854.8メートルの陣馬山の側から歩き始めると、登りは累計で約1200メートル、下りは累計で約1300メートルになります。
日影バス停から小仏バス停へ抜けるコースは約6.7キロメートル
別の起点としては、小仏関所跡や高尾山、城山の登山口でもある日影バス停があります。日影乗鞍から小仏峠、景信山の登山口を経て小仏バス停へつなぐコースで、標準タイムは約3時間30分、登りは約685メートルです。
景信山の名は北条氏照の家臣、横地監物景信に由来すると伝わる
山の名前のもとになったのは、戦国時代に北条氏照に仕え、ここに山城を整えたと伝わる横地監物景信です。景信が甲斐の武田氏を見張るために狼煙台(のろしだい)を置いたことにちなむという説もあり、どちらも伝承として語られてきました。主君の氏照は北条氏康の三男で、のちに居城を八王子城へ移しました。
小仏峠は甲州と結ぶ峠越えの要衝だったため、北の景信山に狼煙台を、南の小仏城山に砦を築いたとする見方もあります。
廿里の戦いで景信は武田軍に敗れた
1569年、武田信玄の軍勢は小仏峠などを越えて武蔵国と相模国へ攻め込みました。迎え撃つよう氏照に命じられた景信は、高尾山のふもとの廿里(現在の八王子市廿里町)で敗れたと伝わります。武田軍の侵攻の初期に、八王子周辺で北条方が負けた一戦です。
狼煙は煙の色や本数を事前に決めて情報を伝える通信手段
狼煙(のろし)とは、たきぎや火薬などで煙を高く上げて合図や警報を送るもので、戦いや非常時に急ぎの知らせを届ける手段でした。この呼び方は中世以後のもので、古くは烽(とぶひ)と呼んだとも説明されます。
送る側と受ける側が煙の色、順番、長短、本数をあらかじめ取り決めておき、その約束に沿ってやり取りします。運用のしかたは土地ごとに異なりました。戦国大名も取り入れていて、武田信玄は国境の戦闘で各地点から煙を上げ、連携を取ったそうです。
小仏峠は標高548メートル、旧甲州街道が越えていた峠
景信山と小仏城山にはさまれた小仏峠は、片側が八王子市裏高尾町、もう片側が相模原市緑区です。江戸時代に整備された旧甲州街道は、かつてこの峠を越えていました。
勾配がきつく車道にしにくかったため、明治時代に入ると、街道は大垂水峠を通る今の国道20号のルートへ移されたそうです。
小仏関は箱根、碓氷と並ぶ関所で、取り調べの厳しさで知られた
江戸時代、峠の東のふもとの駒木野に小仏関が置かれました。箱根と碓氷の関所に並ぶほど重く見られ、出入りする人を厳しく調べたことで知られています。現在は国指定史跡です。
駒木野宿跡の公園に、関所を示す石碑が立っています。
甲州街道は日本橋から下諏訪まで約205キロメートルの五街道のひとつ
甲州街道は、江戸時代の五街道に数えられる道です。江戸の日本橋を出て内藤新宿、甲府を通り、下諏訪で中山道に合流します。距離にして52里13町余りです。
冬の景信山は滑り止めと羽織る1枚を持って登る
冬は登山口付近や日陰の登山道が凍りやすいので、チェーンスパイクか軽アイゼンを持ち、山頂で休むときに羽織る1枚も忘れないでください。平日に閉まっている茶屋もあります。








