飯縄山は、長野県北部にそびえる標高1917メートルの山で、戸隠山や妙高山とともに北信五岳の一座に数えられています。南登山道は危険な岩場がほとんどなく、累積標高差も約800メートルにとどまるため、登山初心者が北信五岳デビューの舞台として選ぶことの多いコースです。登山道沿いには不動明王をはじめとする13体の石仏が並び、この石仏の道をたどりながら山頂を目指す行程になります。標高だけを見れば決して低い山ではありませんが、登山口の標高がすでに1130メートル前後にあるため、実際に歩いて登る高さはぐっと抑えられています。この記事では、コースタイムやアクセス、服装、注意点まで、初めて飯縄山に挑む人が知っておきたい情報をまとめました。

飯縄山は北信五岳の中で危険箇所が少なく初心者向けの一座
飯縄山は、戸隠山、黒姫山、妙高山、斑尾山とともに北信五岳を構成する一座です。北信五岳は長野市街地や善光寺平から北を望んだときに見える五つの名峰の総称で、いずれも古くから山岳信仰の対象とされてきました。
このうち戸隠山は鎖場が連続する上級者向けの岩稜の山で、黒姫山や妙高山も本格的な体力と装備を要します。一方の飯縄山は急峻な岩場や鎖場がほとんどなく、登山道もよく整備されているため、五岳の中では最も取り組みやすい一座だと言えるでしょう。「北信五岳デビューはまず飯縄山から」という声が登山者の間でよく聞かれるのも、こうした事情によるものです。
晴れた日には山頂から戸隠山、黒姫山、妙高山をはじめ、条件が整えば北アルプスの山並みや富士山まで見渡せます。五岳の残り四座を眺めながら次の登山計画を立てられるのも、飯縄山ならではの楽しみ方です。
石仏の道は南登山道に並ぶ十三体の石仏をたどるルート
石仏の道は、飯縄山の南登山道沿いに安置された13体の石仏をたどる区間を指します。登山口から山頂へ向かう道すがら、不動明王を第一番として番号順に石仏が現れる構成になっており、登山者は一体ずつ数えながら歩を進めることになります。
この十三仏は1817年8月に建立され、1971年に再建されたと伝わっています。仏教における十三仏とは、亡くなった人を浄土へ導くとされる十三の仏と菩薩の総称です。初七日から三十三回忌にいたるまでの十三回の追善供養を、一体ずつの仏が担当するという信仰にもとづいています。単なる道しるべの石像ではなく、故人の冥福と登拝者自身の精進を祈るための仏教的な意味を持つ石仏群だと知っておくと、道中での向き合い方も変わってくるでしょう。
一定間隔で石仏が現れる構成は、単調になりがちな樹林帯の登りに区切りをつけてくれます。次の石仏まで頑張ろうという目安ができるため、登山初心者や子ども連れの家族にとっても、飽きずに山頂まで歩き通しやすいルートになっています。杉やブナの森の中、石仏を数えながら進む時間は、体力づくりとしての登山とは少し違う趣きを持つ時間です。
こうした石仏が並ぶ背景には、飯縄山が古くから山岳信仰の対象であり、修験道場として栄えてきた歴史があります。参拝者や修験者が山頂を目指す道中で祈りを捧げてきた石仏群が、現在も登山道の脇に残されているわけです。
南登山道のコースタイムは往復でおよそ5時間
南登山道は、南麓の一の鳥居苑地を起点とするルートで、石仏の道を歩けることもあり初心者に最もすすめられています。一の鳥居苑地の駐車場を出発し、林道を15分ほど歩くと最初の鳥居が構える登山口に到着します。
登山口から先は石仏の道をたどりながら樹林帯を進む本格的な登りとなり、飯縄神社の奥社までは標準的な足で約2時間15分かかります。神社を過ぎればまもなく山頂で、神社からはおよそ10分です。往路の標準コースタイムはおよそ2時間45分、復路はおよそ2時間20分とされ、往復で5時間前後を見込んでおくとよいでしょう。休憩や写真撮影の時間を含めれば、日帰りでゆとりを持って歩く場合は6時間前後の行程になることが多いです。
累積標高差は約800メートルで、危険な岩場やクサリ場はほとんどありません。道もよく踏まれているため、地図読みとペース配分を誤らなければ、登山経験の少ない人でも十分に歩き通せるコースです。
コースの中盤から後半にかけては樹林帯を抜け、視界が開けてきます。振り返れば善光寺平や長野市街地を見下ろす景色が広がり、山頂直下は笹原状の緩やかな稜線歩きに変わります。樹林帯の登りとは対照的な開放感を味わえる区間で、山頂までもうひと息だと実感できる場所です。
アクセスと駐車場は一の鳥居苑地が起点
車で向かう場合は、上信越自動車道の長野インターチェンジで高速を降り、県道35号線を長野市街方面へ進みます。長野駅前を過ぎ国道406号線に突き当たったら善光寺・戸隠方面へ、すぐに県道37号線を善光寺方面へ進み、横沢町の交差点で戸隠バードラインの案内表示に従います。七曲りと呼ばれる山道を経て戸隠バードラインに合流し、道なりに進むと一の鳥居苑地の駐車場に着きます。長野市街地からは車でおよそ40分から50分です。
公共交通機関を使う場合は、JR長野駅からアルピコ交通の路線バスで約45分、運賃800円程度で飯綱登山口バス停に着きます。ただし便数は1日9便程度と限られているため、事前に時刻表を確認しておいたほうが安心です。
一の鳥居苑地の駐車場は無料で、収容台数は約50台。登山口付近にも5台ほどの駐車スペースがあります。紅葉シーズンの週末や天候の良い連休中は満車になることも珍しくないため、繁忙期は早朝の到着を心がけたいところです。駐車場やその周辺にはトイレも整備されていますが、登山道に入ってからは山頂の飯縄神社奥社周辺までトイレがないため、出発前に済ませておく必要があります。
山頂は二峰に分かれ北信五岳と北アルプスを一望できる
山頂で待っているのは、360度の展望です。北を望めば、岩稜が特徴的な戸隠山、三角形のシルエットを描く黒姫山、その奥に構える妙高山、なだらかな稜線の斑尾山と、北信五岳の残り四座をぐるりと見渡せます。天候に恵まれれば西側に北アルプスの峰々が連なる姿も見え、空気が澄んだ日には富士山まで視界に入ることがあるようです。
眼下には善光寺平と呼ばれる長野盆地が広がり、長野市街地の街並みや千曲川の流れも見下ろせます。標高1917メートルという高さと、周囲に視界を遮る高い山が少ない地形が重なって、この開放的な展望が生まれています。
飯縄山の山頂は、二つのピークに分かれています。先に着く一つ目のピークには飯縄神社の奥社が鎮座し、そこからもう少し進んだ先のピークに、正式な山頂を示す三角点があります。どちらからも展望を楽しめるので、時間に余裕があれば両方を踏んでおくとよいでしょう。こうした花や展望の豊かさから、飯縄山は新・花の百名山と日本二百名山にも選ばれています。
飯縄という名前は飢饉を救った天狗の言い伝えに由来する
飯縄山という名称には、興味深い由来があります。飯縄の名は「飯砂(いいずな)」、つまり飯のように食べられる砂を意味する言葉に由来するとされ、信州の一部地域で局地的に見られる菌類や藻類などの微生物が複合してできた「テングノムギメシ」と呼ばれる物質を指しているそうです。
この山に伝わる言い伝えとして特に知られているのが、飯綱三郎天狗の物語です。かつて飢饉が起きた際、飯縄山の頂で採れたこの飯綱を、飯綱三郎天狗が日本全国の人々に分け与えて救ったという話が残されています。天文15年、西暦にすると1546年に記されたとされる古文書『飯縄山廻祭文』には、信濃国の飯縄大明神の由来が記されているとのことです。
飯綱三郎天狗は、日本の天狗の中でも力が強く人気が高いとされる八天狗の一柱に数えられています。白狐にまたがった天狗の姿で表される飯縄権現の信仰と合わせて、山全体にこうした物語が残っているわけです。飯縄権現の呪法は飯縄使いと呼ばれる巫女や祈祷師によって中世から関東・東北地方にまで広まったとされ、一地域の霊山にとどまらない存在感を持っています。
飯縄権現は上杉謙信や武田信玄が信仰した戦勝の神
山頂の飯縄神社奥社には、飯縄権現が祀られています。伝承によれば、飯縄山は848年、嘉祥元年に学問行者という人物によって開かれたとされ、隣接する戸隠山と同様に修験道場として長く栄えてきました。
飯縄権現は、神道と仏教が融合した神仏習合の神で、烏天狗のような形相で表されることが多いようです。白狐に乗り、剣と羂索を手にした姿で描かれることもあり、戦いに勝利をもたらす戦勝の神として、戦国時代の武将たちから篤い信仰を集めました。関東管領を務めた細川氏、越後の上杉謙信、甲斐の武田信玄、そして江戸幕府を開いた徳川家康まで、名だたる武将たちがこの飯縄権現を信仰したと伝わっています。上杉謙信が兜の前立てに飯縄権現の姿を用いていたという逸話はよく知られており、飯縄信仰が戦国武将たちの精神的な支えの一つだったことがうかがえます。
体力がついたら西登山道から瑪瑙山を回る周回コースへ
南登山道の往復に慣れ、体力に自信がついてきたら、次のステップとして戸隠神社中社側の西登山口を起点とする周回コースが検討候補になります。中社スキー場の駐車場を起点に、西登山道の入口から萱の宮を経由し、南登山道との合流点を過ぎて飯縄神社、そして飯縄山山頂へ。下山は往路を戻らず、標高1748メートルの瑪瑙山を経由して中社側へ周回するルートで、行程はおよそ4時間から5時間が目安です。
このコースでは、飯縄山の山頂だけでなく瑪瑙山からも北アルプスの展望が広がります。北アルプスがよく見えると評される区間もあり、南登山道の石仏の道とはまた違った稜線歩きを味わえます。往復ではなく周回できるため、同じ景色を二度歩かずに済む点も魅力です。ただし南登山道に比べると行程がやや長く、分岐点で道に迷うリスクもあるため、地図読みに不安がある場合は南登山道での往復に慣れてからのステップアップをおすすめします。
服装はレインウェア上下と防寒着が基本装備
飯縄山は危険箇所の少ない初心者向けの山ですが、標高1917メートルの本格的な登山であることに変わりはありません。街歩き用のスニーカーではなく、くるぶしまで保護されるトレッキングシューズやハイキングシューズを選びたいところです。石仏の道は樹林帯の土の道が中心ですが、雨天後はぬかるみや木の根で滑りやすくなる箇所もあるため、グリップ力のある靴底が安心につながります。
服装は綿素材を避け、速乾性のある化学繊維やウール素材のインナーを基本にし、気温の変化に対応できる重ね着を意識するとよいでしょう。標高が上がるにつれて気温は下がり、稜線に出れば風にさらされる場面もあるため、薄手のフリースやウインドブレーカーを一枚携行しておくと安心です。山の天気は変わりやすいので、上下セパレートタイプのレインウェアは必ず持っていきたい装備になります。
そのほか、20から30リットル程度のザック、飲料水は最低1リットル以上、行動食、地図やコンパスもしくは登山用GPSアプリ、モバイルバッテリー、簡単な救急用品、日焼け止め、帽子、タオルなどが基本の持ち物として挙げられます。登山口から山頂までは携帯電話の電波が届きにくいエリアもあるため、登山計画を家族や知人に共有しておくことも忘れないようにしましょう。
熊対策として熊鈴と複数人での行動を心がける
飯縄山はツキノワグマの生息エリアです。実際に登山者が熊と遭遇したという記録も報告されており、熊鈴を装着して人間の存在を事前に知らせる対策が有効とされています。単独行動より複数人での登山を心がけ、早朝や夕方の薄暗い時間帯の行動には特に注意が必要でしょう。
山の天候は平地に比べて変わりやすいことも忘れてはなりません。晴れていても山頂付近だけ急に雲に覆われたり、風が強まったりすることがあります。出発前に最新の気象情報を確認し、天候が急変した場合は無理をせず引き返す判断が求められます。
コースタイムは往復5時間前後を要する行程なので、日帰り登山であっても早朝出発を基本にし、日没に余裕を持って下山できるよう計画を立てたいところです。登山初心者の場合、標準コースタイムより時間がかかることを見込んで、余裕のあるスケジュールを組んでおくと安心でしょう。
歩き方にも工夫の余地があります。登山では会話を楽しめる程度のペースを保つのが基本で、息が切れるようならペースを落とすサインです。特にスタート直後に張り切りすぎると後半でバテやすくなるため、石仏の道の序盤は抑えめに歩くくらいがちょうどよいでしょう。50分歩いて10分休むというリズムで行動し、休憩のたびに水分補給や行動食での栄養補給、ウェアの着脱を済ませておくと、樹林帯の長い登りでも体力を保ちやすくなります。喉の渇きを感じていなくても、休憩のたびに少量の水分と塩分を補っておくと、下山までの後半で失速するのを防ぎやすくなるでしょう。
登山に適した時期は残雪が消える6月から11月上旬まで
飯縄山は四季を通じて登れる山ですが、初心者が挑戦するなら、残雪が落ち着く初夏から気候の安定する秋にかけての時期が向いています。目安としては、残雪の心配がなくなる6月ごろから11月上旬あたりまでが無雪期にあたります。
春から夏にかけては、レンゲツツジの朱色の花やイワカガミのピンク色の花が登山道を彩ります。飯縄山は高山植物の宝庫としても知られ、花好きの登山者にとっても見逃せない季節です。南峰周辺ではブナやカラマツの林に加えてクマザサが目立つようになり、標高による植生の変化を観察しながら歩けるのも楽しみの一つになるでしょう。
秋になると樹林帯全体が赤や黄色に色づく紅葉シーズンを迎えます。特に10月中旬から下旬にかけては多くの登山者やハイカーで賑わい、色づいた森と山頂からの展望を同時に楽しめる季節です。
冬季は積雪期登山となり、一の鳥居苑地の駐車場から雪原の山頂を目指す雪山登山として楽しむベテラン登山者もいます。ただしアイゼンやスノーシューといった冬山装備と経験が必須になるため、登山初心者が単独で挑むのは避けたほうがよいでしょう。
飯綱高原ではキャンプ場やスキー場も楽しめる
飯縄山の登山口周辺は飯綱高原と呼ばれるエリアに位置しており、登山と組み合わせて楽しめる観光資源が豊富です。冬季には飯縄山の東斜面を利用したいいづなリゾートスキー場が営業し、長野市内から車で30分ほどとアクセスも良好です。夏場は飯綱東高原オートキャンプ場をはじめとするキャンプ場が賑わいを見せ、長野市内から車で20分程度という近さから、手ぶらで楽しめるオートキャンプやバーベキューを目的に訪れる家族連れも多いようです。
高原には大座法師池、飯綱湖、霊仙寺湖、大谷地湿原といった水辺の景勝地も点在しており、登山の前後に立ち寄って高原の空気を楽しむのもおすすめです。登山で疲れた体を癒すなら、キャンプ場に隣接する牟礼温泉天狗の館のような日帰り温泉施設を利用する選択肢もあります。長野市街地方面へ戻れば善光寺をはじめとした観光スポットも多く、飯縄山登山と組み合わせて長野観光を満喫する一日プランを組むことも可能です。
飯縄山登山についてよくある疑問
初めて飯縄山に登る人からは、日帰りで往復できるかという質問がよく聞かれます。南登山道の往復は5時間前後が目安で、休憩を含めても6時間程度に収まることが多いため、早朝出発であれば日帰りで十分に往復可能です。
公共交通機関だけで登れるかという疑問については、JR長野駅からアルピコ交通のバスで飯綱登山口バス停まで行けるため、車を持たない人でも計画が立てられます。ただし便数が限られるので、時刻表の事前確認は欠かせません。
石仏の道は初心者でも歩けるのかという点については、危険な岩場やクサリ場がほとんどなく、道もよく踏まれているため、地図読みとペース配分さえ誤らなければ登山経験の少ない人でも歩き通せる区間です。石仏を数えながら進む行程が、樹林帯の単調な登りに区切りをつけてくれるという声も多く聞かれます。
飯縄山は、標高1917メートルの本格的な山でありながら、危険箇所の少ない登山道と、十三体の石仏が並ぶ石仏の道という歴史ある道のりを兼ね備えた、初心者にとって恵まれた登山対象です。南登山道を歩けば、石仏に見守られながら飯縄権現信仰の歴史に触れつつ樹林帯を抜け、山頂では北信五岳の仲間たちと北アルプスの展望が待っています。長野駅から車で1時間弱、あるいは路線バスでもアクセスできる利便性の高さも、初めての本格登山先として飯縄山が選ばれる理由の一つでしょう。熊への警戒や天候急変への備えなど最低限の注意は必要ですが、装備と計画を整えて臨めば、登山初心者にも十分に歩き通せるコースです。








