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有珠山の火口原は、有珠山ロープウェイで山頂駅まで上がり、そこから7分ほど歩けば見渡せます。ロープウェイに乗っている時間は約6分で、山麓駅と山頂駅の間は1370mです。山頂駅から舗装路を進んだ先に、標高573mの有珠火口原展望台があります。さらに先の外輪山遊歩道は往復3.2kmで約2時間かかり、11月から4月は閉鎖されます。
有珠山は20世紀だけで4回噴火した活火山で、火口原にはそのときできた火口や新しい山がそのまま残っています。ロープウェイの山麓駅は壮瞥町の昭和新山のすぐ隣にあり、麓から長い登りをしなくても噴火の跡を間近に見られます。令和8年(2026年)10月2日現在、有珠山の噴火警戒レベルは1で、入山規制は出ていません。

火口原展望台へは有珠山ロープウェイと徒歩7分で着く
山頂駅を出て、舗装された遊歩道を7分ほど進むと外輪山の一角に出ます。そこが有珠火口原展望台です。広い火口原の向こうに、大有珠、有珠新山、小有珠の3つの峰が並んで見えます。
| 山・地点 | 標高 |
|---|---|
| 大有珠 | 733m |
| 有珠新山 | 669.2m |
| 有珠火口原展望台 | 573m |
| 小有珠 | 557m |
| 有珠山外輪山展望台 | 531m |
| 外輪山のコル(鞍部) | 450m |
正面で湯気を上げているのが銀沼大火口です。1977年の噴火で口を開けた火口で、いまも水蒸気が立ちのぼっています。ここまでは気軽に歩いて来られる距離です。
有珠山ロープウェイの往復料金は大人2,000円、夏期は8時15分から運行
2026年時点の往復料金は、中学生以上の大人が2,000円、小学生が1,000円です。15名以上のグループなら団体割引が使えます。
営業時間は季節で変わります。夏期は8時15分から17時45分まで、冬期は9時から16時までで、1月11日から20日は定休日です。冬期には車両点検のための運休期間があり、天候しだいで運行時間がずれる日もあります。出かける前に公式サイトで運行予定を見ておけば、現地で慌てずに済みますね。
山頂駅のすぐ隣は洞爺湖展望台で、洞爺湖と昭和新山を一度に見渡せます。併設のカフェでは、地元の食材を使ったメニューを出しています。山頂展望台の「Mt.USUテラス」にも、ソファとカフェが置かれています。
外輪山遊歩道は往復3.2kmで約2時間、11月から4月は閉鎖
火口原展望台より先へ進むなら、外輪山遊歩道を歩くことになります。展望台がこの遊歩道の起点で、反対側にある有珠山外輪山展望台までは片道1.1km、約30分の道のりです。外輪山展望台は、麓から登ってくる有珠登山道との合流地点を兼ねています。
道はいったん外輪山のコル(鞍部)まで下り、そこから外輪山展望台へ登り返します。階段とアップダウンが続くので、体力を使う区間です。靴を選び、体力に余裕をもって入ってください。往復すると3.2km、所要は約2時間になります。
外輪山展望台に立つと、銀沼大火口が足もとまで迫ってきます。遠くへ目を向ければ、洞爺湖と羊蹄山、さらに太平洋側まで見通せます。
この遊歩道は冬期間にあたる11月から4月まで閉鎖されます。2026年に歩けるのは10月末までです。
麓の登山口から有珠登山道を歩くと全体で約150分
ロープウェイを使わず、麓から自分の足で登るルートもあります。有珠登山道を通るコースで、目安は全体で約150分です。区間ごとに分けると、最初の登山口から有珠登山道合流地点が約80分、その先の有珠外輪山展望台が約10分、さらに火口原展望台の方向へ約50分です。
登山口は、高速道路の高架の手前にある駐車場が目印です。高架をくぐるとすぐに登山道の入口が現れます。外輪山の尾根に出るまでは森の中の道で、のんびり歩いても約1時間半で外輪山遊歩道にたどり着きます。
有珠山は活火山です。足首まで覆う登山靴と雨具を持って入山してください。区間ごとの時間は目安なので、自分の体力に合わせて時間に余裕のある計画を組むと安心でしょう。
壮瞥町の昭和新山へは伊達ICか虻田洞爺湖ICから車で約15分
車で向かうなら、道央自動車道の伊達ICか虻田洞爺湖ICで降りて、昭和新山まで約15分です。駐車場には400台が停められます。
公共交通機関の場合は、まずJR洞爺駅から洞爺湖温泉までバスに乗り、そこで昭和新山へ向かう便に乗り継ぎます。JR洞爺駅から路線バスで向かうときの所要は約15分から20分です。バスの本数は少なめです。
2026年10月2日現在、有珠山の噴火警戒レベルは1で入山規制なし
登る前に確かめておきたいのが噴火警戒レベルです。札幌管区気象台がまとめた令和8年9月分の月間火山概況では、令和8年10月2日の時点で有珠山に出ているのは噴火予報で、レベルは1(活火山であることに留意)です。入山規制はかかっていません。
噴火警戒レベルは、噴火警報や噴火予報に付けて発表される指標です。警戒が必要な範囲と、防災機関や住民がとるべき対応を5段階に分けています。気象庁が2007年の検討を経て導入し、有珠山では2008年6月9日から運用が始まりました。導入時の発表内容は、火山活動はそれまでと変わらず静穏で、火口周辺に影響する噴火の兆しは見られないというものでした。
| レベル | キーワード |
|---|---|
| 5 | 避難 |
| 4 | 高齢者等避難 |
| 3 | 入山規制 |
| 2 | 火口周辺規制 |
| 1 | 活火山であることに留意 |
レベル4と5は、人の住む地域に重大な被害が出る噴火を想定した段階で、特別警報に位置づけられています。いちばん低いレベル1でも、火口内や一部の火口の外で火山灰が噴き出す可能性は残り、火口内への立入りが規制される場合があります。レベルが上がれば立入規制がかかることもあるため、登山の前には気象庁の火山情報と、地元自治体の最新の発表に目を通してください。
活火山の定義と国内の数は111
火山噴火予知連絡会は2003年に定義を見直し、活火山を「概ね過去1万年以内に噴火した火山および現在活発な噴気活動のある火山」としました。過去1万年の噴火履歴で活火山を決める方法が、国際的に一般的になりつつあったためです。2017年6月には栃木県の男体山で過去1万年以内の噴火が確かめられ、国内の活火山は110から111に増えました。2024年4月時点では、火山調査研究推進本部政策委員会が111の活火山を選んでいます。
火口原の有珠新山は1977年からの噴火で約175m隆起した
展望台から見える火口原は、1977年に始まった噴火で大きく形を変えました。同年8月の前兆地震と軽石噴火から、活動は約4年半にわたって続きます。11月には水蒸気爆発をともなう第2期の噴火に移りました。1978年10月には北側の麓で泥流が大規模に発生し、洞爺湖温泉街と壮瞥温泉地区にまで人的被害が及んでいます。地震活動と地殻変動が止まったのは1982年3月です。そのとき山頂の火口原には、有珠新山ができあがっていました。
水蒸気爆発は、気象庁の定義では、地下で熱せられた地下水が水蒸気に変わって爆発する現象です。マグマが直接かかわらないので、噴き出した物に新しいマグマ物質は含まれません。
この間の地面の動きは大きなものでした。有珠新山付近は約175m、オガリ山の北半分付近は約182mも持ち上がり、反対に小有珠は約59m沈んでいます。外輪山では北東壁が外へ押し出され、斜面の崩壊と土石流まで発生しています。
噴火から45年後も1m以上のテフラが残る火口原の植生
噴火で壊滅的な被害を受けた火口原には、45年が過ぎた後も1m以上のテフラが積もっています。テフラは、火山灰や軽石、スコリア、岩片といった火山砕屑物の総称です。この言葉を集合名詞として定めたのはアイスランドのソラリンソンで、時期は1944年です。以後、広く通じる用語になりました。
直径2mm以下の細かい粒を火山灰と呼びますが、空から降ってくる噴出物には2mmを超える軽石も混じります。そこで降下火山灰と降下軽石をひとまとめにしてテフラと呼ぶわけです。降下テフラや火砕流堆積物、火砕サージ堆積物は含み、溶岩と火山岩は含みません。テフラの層を時間の物差しとして使い、年代を割り出す研究分野の名前がテフロクロノロジー(火山灰編年学)です。
北海道大学は、この火口原の土に眠る埋土種子がどれだけ生き残っているかを調べています。林床の植物を同じ地点で継続して記録した調査を見ると、噴火から1年から2年でアキタブキなどが生えはじめ、地面を覆う割合を少しずつ増やしていきました。ノイバラが優占する地点もあります。
林野庁は国有林の治山事業として、火口原の緑化に取り組みました。雨水で削られた溝であるガリーや、灰色の山肌を早く緑に戻すことが目的で、山腹工、航空実播工、植栽工、渓間工を行っています。
有珠山は約2万年前に生まれ、1663年以降に9回噴火した
有珠山が誕生したのは約2万年前で、場所は洞爺カルデラの南壁です。火山としては比較的新しい部類に入ります。
カルデラは、火山の中央部にできる大きなくぼ地のことです。スペイン語で「大鍋」を意味する言葉が語源で、一般には直径2km以上の円いくぼ地を指します。短い時間に大量のマグマが噴き出すと、マグマだまりの上の岩盤を支えるものがなくなり、地表が崩れ落ちて大きな窪地が残ります。爆発や衝突で開く火口とは違い、沈み込みと崩壊でできた陥没地形です。よく知られたカルデラには熊本県の阿蘇山と、青森県と秋田県の県境に広がる十和田湖があります。洞爺湖もその一つで、約11万年前にできた洞爺カルデラにあたります。
7000年から8000年前には有珠山で山体崩壊が起き、南麓から噴火湾にかけて流れ山がいくつも残りました。流れ山とは、大規模な山体崩壊で発生した岩屑なだれが積もったあと、その表面に現れる小さな丘です。岩屑なだれは、崩れた山体の塊が斜面を流れ下って積もったものを指します。崩れた場所に近い流れ山ほど大きく、遠くなるほど小さくなる傾向があります。
1663年に活動を再び始めてから2000年までに、有珠山では9回の噴火が確かめられています。このうち20世紀の4回は、1910年、1944年から1945年、1977年から1978年、2000年です。
1910年の噴火で生まれた明治新山(四十三山)
1910年(明治43年)の噴火は、7月25日に金比羅山から始まりました。最大の噴火が起きたのは7月31日です。8月に入ると土地が盛り上がりはじめ、11月上旬には火山学者の大森房吉が、約150mの隆起で新しい山ができたことを確かめました。明治43年に生まれたので、山の名前は「四十三山」です。
このとき室蘭警察署長を務めていた飯田誠一は、大森教授の講義ノートを読んでいました。そのおかげで、有珠山の12km圏内に住む約1万5千人を、噴火の前日までに避難させたと伝わっています。
洞爺湖温泉が見つかったのも、この噴火の後のことです。7年後の1917年(大正6年)には、湖畔で温泉宿泊施設「竜湖館」が営業を始めました。
2000年の噴火は23年ぶり、人的被害は出なかった
噴火が始まったのは2000年3月31日の13時10分頃で、場所は西山の西山麓、つまり山の西側でした。1977年から数えて23年ぶりです。最初はマグマ水蒸気爆発が起き、続いて水蒸気爆発へ切り替わりました。
マグマ水蒸気爆発は、地下水や海水にマグマが直接触れて爆発する現象を指します。噴き出す物の中に、砕けたマグマの破片が混じるのが水蒸気爆発との違いです。
この噴火では、けがをしたり亡くなったりした人はいませんでした。北海道大学有珠火山観測所に研究者がいつも詰めていたこと、そして地域で防災教育を積み重ねてきたことが、その背景にあります。
昭和新山の成長は三松正夫のミマツダイヤグラムに残された
有珠山の麓の昭和新山は、1943年の地震を発端に生まれた山です。1944年に山の片側が変形し、新しい溶岩ドームができはじめました。噴火活動が始まる前は海抜150mほどの麦畑だった「九万坪」が250mあまり持ち上がり、饅頭形の屋根山(潜在ドーム)に変わります。11月中旬には、屋根山の中央に輪のように並ぶ爆裂火口群の真ん中から、ピラミッド形の新しい溶岩が姿を見せはじめました。
溶岩ドーム(溶岩円頂丘)は、粘り気の強い溶岩が火口のまわりに積み重なってできる丘状の地形です。溶岩が火口の真上へ押し出されるにつれて、急な斜面をもつ山ができあがります。ねばりがとても強い溶岩は遠くへ流れ下れないので、わりあい小さな丸い塊として固まります。トロイデ、鐘状火山、塊状火山という別名があり、ドームの中でガスの圧力が高まると爆発的な噴火を起こす場合もあります。昭和新山と明治新山(四十三山)は、どちらも溶岩ドームです。
昭和新山が育っていく様子は、約2年にわたって記録されました。記録を残した三松正夫(1888年から1977年)は、地元で郵便局長をしていた人です。戦時下で写真フィルムが手に入りにくかったため、三松は毎回同じ場所、同じ角度から山を観察し、線画を描き続けました。この記録が「ミマツダイヤグラム」です。1948年の国際火山学会で高い評価を受け、火山の成長を追うときの基準になりました。
壮瞥町の三松正夫記念館では、ミマツダイヤグラムのほか、当時の資料を公開しています。1957年、昭和新山は国の特別天然記念物になりました。山は私有地なので登れませんが、隣の有珠山ロープウェイからなら間近に眺められます。
麓の西山火口散策路は全長1.8km、北口から第2展望台まで往復約30分
噴火の跡は山頂だけのものではありません。麓にも、歩きながら見て回れる散策路があります。
1本目は西山火口散策路です。場所は西山山麓火口群で、2000年の噴火で口を開けた火口が並ぶ一帯を歩けるよう道が整えられています。北口側の道は、旧町道に沿って南北にのびる枕木の遊歩道で、全長は1.8kmあります。北口から西山火口第2展望台までなら、往復で約30分です。道沿いには、噴火で盛り上がった地形や、崩れた菓子工場の遺構が残されています。
2本目は金比羅火口災害遺構散策路です。熱泥流などに襲われて使えなくなった桜ヶ丘団地や公営浴場「やすらぎの家」など、公共施設の跡を見て歩けます。無料の駐車場に50台が停められます。金比羅山火口群と西山西麓火口群の噴気や地熱は、2002年の時点で次第に弱まっていました。
洞爺湖有珠山ジオパークは2009年8月に世界ジオパークに認定
有珠山とその周辺は、洞爺湖有珠山ジオパークに含まれています。2009年8月、糸魚川、島原半島と同時に、国内で最初の世界ジオパークに選ばれました。範囲は伊達市、豊浦町、壮瞥町、洞爺湖町の4市町をまるごと含み、約11万年前の洞爺カルデラの形成から有珠山の活動までがその中身になっています。
ジオパークは、地質と地形を手がかりに地球の昔を知り、これからを考えて動いていく場所のことです。地球科学の面で意味をもつ土地や景色を、守ることと学ぶこと、持続可能な開発をひっくるめた考え方で管理する、まとまった一つの地域を指します。
ユネスコの後押しで世界ジオパークのネットワークができたのは2004年です。その後、第38回ユネスコ総会で正式な事業に位置づけられ、名前も「ユネスコ世界ジオパーク」に変わりました。審査を受け持つのはユネスコ世界ジオパーク・カウンシルで、認定を出すのはユネスコ執行委員会です。国内の制度である日本ジオパークは日本ジオパーク委員会が認定していて、2008年には日本ジオパークネットワークが発足しました。2026年4月時点で、国内のジオパークは48地域です。
洞爺湖温泉の火山科学館で1977年の噴火を振動で体感
有珠山について学ぶなら、洞爺湖温泉の火山科学館が便利です。洞爺湖まわりの自然を案内するビジターセンターと同じ施設に入っています。行き方は、JR洞爺駅から道南バスに15分乗って洞爺湖温泉で下車し、そこから歩いて1分です。
館内では、2000年の噴火について、予知から避難までの流れを時系列でたどれます。1977年の噴火の揺れを体で感じられるブースと、シアタールームもあります。インフォメーションデスクに寄れば、ハイキングコースや散策路、自然を観察できる場所を教えてもらえます。
洞爺湖有珠火山マイスターの人たちは、地域で防災教育や学習会があると講師を引き受け、観光ガイドも務めています。
壮瞥町はりんごとぶどうのまち、道の駅「そうべつ情報館i」で特産品を直売
壮瞥町は、りんごやぶどうなどの果樹づくりで知られる、農業と観光のまちです。道の駅「そうべつ情報館i」は国道453号に面していて、建物に消防署が入っている珍しい道の駅です。売り場では町でとれた果物と野菜を直売し、1階で観光や火山、交通の情報を案内しています。町のりんごを搾ったジュース「北国の雫」と、手作りのジャムも置いています。
「りんごめぐり」は、町の果樹園で買い物をしたり、有料施設に入館したりするたびにスタンプがたまる企画です。参加している果樹園には、矢野果樹園や近藤果樹園などが名を連ねています。
洞爺湖の南岸には壮瞥温泉が広がり、多くの施設が源泉かけ流しの湯を用意しています。冬の行事では、毎年2月に開かれる昭和新山国際雪合戦があります。
火口原はロープウェイで手軽に、外輪山遊歩道は10月中に
有珠山の火口原は、ロープウェイで山頂駅まで上がり、7分ほど歩けば展望台から一望できます。外輪山遊歩道まで歩くなら往復約2時間を見込み、11月から4月の閉鎖期間を避けて予定を組んでください。2026年10月2日現在の噴火警戒レベルは1ですが、出発の前には気象庁と地元自治体の最新の情報を確かめてから向かいましょう。








