山口市の最高峰、東鳳翩山へ冬に登る前に確かめたい日没と装備

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東鳳翩山(ひがしほうへんざん)は標高734メートルで、山口市の最高峰にあたる山です。冬に登るなら、低山であっても寒さへの備えが欠かせません。

鳳翩山には東と西の二つの峰があり、そのうち東側の峰を東鳳翩山と呼びます。登山記録の中には、標高を734.2メートルと書いたものもあります。山は山口市吉敷と萩市の境にまたがっていて、JR山口線の山口駅から車を走らせればおよそ15分で麓に着きます。

所在地の吉敷の名は、古代から使われてきました。『和名抄』を開くと、周防国吉敷郡には郷が10あったと書かれ、そのうちの一つが吉敷です。吉敷から湯田にかけての山口市北西部の低地では、いまも条里制の地割を確かめられます。江戸時代には長州藩の一門家臣として吉敷毛利家があり、この家は明治維新ののちに男爵となりました。

目次

東鳳翩山の山頂は晴れれば360度の展望が開ける

天気に恵まれた日の山頂では、ぐるりと360度の展望が開けます。山口市内に加えて、瀬戸内海や日本海まで眺められる山として紹介されています。

もっとも、毎回その景色に出会えるわけではありません。霞がかかった日やガスに包まれた日に登り、ほとんど何も見えなかったと書き残した登山記録もあります。

山頂の手前には階段の続く区間があります。数は多めですが、一段ごとの高さが抑えてあるので、登った人の多くは歩きやすかったと感想を残しているようです。

冬の東鳳翩山は海沿いの町の平年気温より冷え込む

山口県で冬の気温を知る目安になるのは、海に近い防府、宇部、萩の平年値です。1991年から2020年の平均をもとにした値を表にまとめました。

地点12月の平均気温1月の平均気温2月の平均気温
防府約7.2度約5.0度約5.9度
宇部約8.1度約5.8度約6.5度
萩約8.0度約5.7度約6.4度

どの地点も海の近くにあり、標高734メートルの山頂付近はこの数字を下回ります。

低い山でも、冬は気温の低さに加えて強い風と雪が問題になります。雪が積もったり道が凍ったりすると、足を滑らせての転倒や転落が起きやすくなります。晴れる日の多い冬でも、低山だからと準備を手抜きせず、万全の態勢を整えてから出かけてください。

東鳳翩山の麓の天気予報は、山の天気を扱うサービスで調べられます。ただ、山頂近くの気温や空模様は、麓の予報とかけ離れることがあります。

12月の山口市は17時過ぎに日が沈む

山口市で12月に日が沈むのは、早い日で17時05分前後、遅い日でも17時14分前後です。冬至にあたる12月21日は、17時10分に日が沈みました。

暗くなるのが早い季節なので、何時に山を下りきるかを先に決め、そこから逆算して登り始める時刻を決めます。

東鳳翩山の登山は二ツ堂登山口から山頂を往復する道が定番

東鳳翩山に登る人がよく選ぶのは、二ツ堂登山口と山頂を行って戻る道です。別の歩き方として、二ツ堂登山口から山頂に立ち、帰りは錦鶏の滝のほうへ下りて、ぐるりと回るように歩いた人もいます。

ある登山記録では、二ツ堂登山口から山頂までの往復にかかった時間が約3時間42分で、歩いた距離は6.3キロ、標高差は622メートルでした。

一の坂ダム運動公園の駐車場にはトイレがある

車で向かう人の出発点として使われているのが、一の坂ダム運動公園です。駐車場に車を置いたら、舗装された道を歩いて二ツ堂コースの登山口まで向かいます。この駐車場にはトイレもあります。登山道を進むと途中に一の坂ダムを見下ろせる場所がある、という投稿もありました。

萩往還のルートにある錦鶏湖の駐車場から登る記録もある

錦鶏湖の駐車場を出発点にした登山記録もあります。この駐車場は萩往還のルート上にあります。

2026年4月には駐車場が満車になった

2026年4月には、東鳳翩山の駐車場が満車だったという投稿がありました。人気のある山なので、時期や曜日しだいで駐車場が混雑します。

東鳳翩山から西鳳翩山へは縦走できる

東鳳翩山からは、西鳳翩山まで続けて歩く縦走ができます。縦走とは、尾根づたいに複数の山を歩く登り方のことです。一つ目の頂上に着いたら下山せずにそのまま次の山へ向かうのがふつうで、標高の低い山どうしでも、頂から頂へと歩けば縦走になります。

歩く距離が延びやすいため、縦走には体力が要ります。ここで気をつけたいのが標高差の読み方です。標高差は登山口と山頂の高さの差を表しますが、この数字だけでは疲れ具合はわかりません。途中で上り下りを繰り返す道では、登りの合計がさらに増え、必要な体力も大きくなります。西鳳翩山までの縦走を計画するときも、この点を踏まえるとよいでしょう。

YAMAPのモデルコースは、西鳳翩山とあわせた往復を約6.1キロ、登りの標高差を約488メートル、標準タイムを3時間10分としています。別の登山記録では、西鳳翩山だけを往復してかかった時間は約3時間8分で、距離は6.3キロ、標高差は498メートルでした。

車で行く場合、ある登山者は車を2台使い、1台を駐車場に置いたうえで、もう1台で西鳳翩山の登山口まで移って歩き始めたそうです。ほかにも、ショウゲン山を通って萩往還の古道をたどった人がいます。

冬に低山を歩くなら登山届と装備を先に整える

冬の山に向かう前は、自分の力量に見合った山を選び、時間にゆとりを持たせた日程で登山計画書をつくって、家族や職場の人に渡しておくのが基本です。

荷物は、天気が急に崩れても耐えられるだけの装備をそろえます。動けずに足止めされたときに備えた食料も持ちます。携帯電話の予備バッテリーと、暗くなったときのヘッドライトも持ち物に入れておきます。

冬は体温の調節が難しい季節です。歩いているあいだは体が暑くなり、足を止めたとたんに寒くなるので、寒暖差が大きくなります。

登山届はYAMAPから山口県警に出せる

ヤマップ社と山口県警察は協定を結んでいます。登山アプリのYAMAPで登山計画をつくって提出すると、その計画が山口県警への正式な登山届として受け付けられます。

この協定には背景があります。2021年に山口県で起きた山岳遭難6件は、すべて登山届が出ていなかったと報じられています。

下山後は錦鶏の滝と萩往還の史跡に寄れる

東鳳翩山の周りには、山歩きのあとに立ち寄れる名所が集まっています。観光情報サイトが周辺スポットとして挙げているのは、萩往還、吉田松陰東送の碑、大内氏遺跡附凌雲寺跡、錦鶏の滝です。山口市教育委員会も、東鳳翩山ハイキングコースを案内しています。

錦鶏の滝は雄滝と雌滝の二つが並ぶ

錦鶏の滝があるのは東鳳翩山のふもとで、一の坂川ダムよりも上流です。滝は雄滝と雌滝の二つに分かれています。雄滝は岩肌を伝って水が流れ落ちる姿がきれいで、雌滝は水の勢いが強いのが特徴です。緑の濃い木々のあいだから、涼しい風を連れて水が落ちる様子は、観光案内でも壮観と書かれています。

滝の近くには不動明王などの石仏がまつられていて、木々に囲まれた一帯は幻想的な雰囲気です。山口駅からは車でおよそ10分走り、そこから歩いて10分ほどで滝に着きます。問い合わせは山口市観光交流課が受け付けています。

萩往還は萩と三田尻を約53キロで結んだ参勤交代の道

萩往還は、1604年(慶長9年)に萩城が築かれたあと、萩の城下町と三田尻(防府)をほぼ一直線につなぐ道として開かれました。陰陽連絡道の一つで、長さはおよそ53キロです。長州藩主は、幕府が定めた参勤交代のために、1年おきに萩と江戸のあいだを行き来しました。

参勤交代は、大名が決まった期間ごとに自分の領地と江戸を往復する決まりで、江戸幕府が大名を治める仕組みの一部でした。制度になったのは1635年(寛永12年)、3代将軍徳川家光の時代です。はじめは外様大名だけが対象で、1642年からは譜代大名も加わりました。大名の財力を削って反乱を起こさせないための制度と長く説明されてきましたが、最近は主君と家臣の関係を確かめさせる意味を重く見る見方も強まっています。国元と江戸の二か所に屋敷を構え、大名行列を仕立てる費用は、大名の財政に重くのしかかりました。この制度は、1862年(文久2年)に緩められて回数が減るまで続きました。

萩往還の道筋には、江戸時代の史跡が残っています。防長2国の境にある板堂峠には、1808年(文化5年)に建てられた国境の碑が立っています。宮市には本陣だった兄部家の建物があります。

本陣とは、江戸時代の宿場で大名や公家、幕府の役人などを泊めた公の宿のことです。参勤交代が制度になってからは、常設の公的な宿泊施設になりました。一つの宿場に本陣は一つが原則で、町の有力者が営み、苗字を名乗り刀を差すことが許されたといいます。本陣だけで泊まりきれないときなどには、本陣に次ぐ格の脇本陣が使われました。

萩往還を残そうという動きは1981年(昭和56年)に始まり、道は国の史跡に指定されました。いまは萩往還語り部の会というガイドの団体が活動しています。

大内氏遺跡附凌雲寺跡は1959年に国の史跡になった

大内氏遺跡附凌雲寺跡は、大内氏館跡、築山跡、高嶺城跡、凌雲寺跡の4か所をまとめた史跡です。国が史跡として指定したのは1959年(昭和34年)で、4か所を合わせた広さは約10万平方メートルあります。

凌雲寺跡の場所は山口市中尾です。開基は大内義興、開山は了庵桂悟と伝わり、大内氏の当主の菩提寺だったとされます。建てられたのは16世紀の初めと推定されていて、宗派は臨済宗だった可能性が高いようです。現地には惣門跡の石垣や大内義興の墓が残っています。

一の坂川は約200本の桜とゲンジボタルで知られる

一の坂川は、山口市の市街地を流れる川です。京都の鴨川になぞらえられてきた歴史を持っています。伊勢橋から亀山橋まで約600メートルの区間に、桜の木が約200本並んでいます。ゲンジボタルを守ることに配慮して進めた川の改修と桜並木は、この地域の特色に数えられています。

一の坂川のゲンジボタルは、毎年5月下旬から6月上旬に見頃を迎えます。国は流域を含めた旧山口市一帯を、山口ゲンジボタル発生地の名で天然記念物にしています。ホタルが多く飛ぶころに合わせてほたる祭りがあり、近くの施設もそれぞれ催しを用意します。2026年は5月30日の開催が予定されていました。

山口県には東鳳翩山のほかにも初心者向けの低山がある

山口県の観光サイトは、県内になだらかな低山が多く、登山を始めたばかりの人のハイキングにも合うと紹介しています。下関市の方面にある竜王山は初心者向けの山として案内されていて、下りてきたあとは近くの川棚温泉で瓦そばを食べられます。岩国市の城山は、錦帯橋のバス停から登り始められる山です。

冬の東鳳翩山は日没から逆算して歩く

山口市の最高峰である東鳳翩山は、二ツ堂登山口からの往復が定番で、冬は12月の日没が17時過ぎと早くなります。下山の時刻から逆算して出発を決め、登山届も出してから歩き出してください。登山届はYAMAPからも出せます。

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